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2007/02/06

ネットカフェで暮らす若者達

今朝、ニュースを見たら住所不定でまともに仕事も無いままネットカフェで寝泊まりする若者達の特集をしていました。

本当にそんな生活をしているのでしょうか。
本当にそんな彼らを救う方法ってあるのでしょうか。

彼らは自業自得でそんな生活に陥ったのか、それとも時代のせいなのか、環境のせいなのか...何とも考えさせられる状況だと思いました。

選ばなければ仕事はいくらでもある。

そう信じてきましたが、本当にそうなんだろうかと考え直したくなります。また、彼らにチャンスを与えたとしてもそれをきちんと生かせるのでしょうか、それとも結局元の木阿弥になってしまうのでしょうか。

難しい問題ですよね。

僕も子供の頃に貧乏で、富裕層の人たちと一緒に小学校、中学校で生活することが苦痛でしかたありませんでした。裕福な国で貧乏人が生活するのは本当に大変だと思います。

また、裕福な人たちにはこういう状況の人の気持ちも実情もわかるはずがありません。とは言え「わからないから」と言って放置していて良いとも言えません。

最終的には社会主義的な考え方をするしかないのかなと思ったりします。農協の「相互扶助」という考え方にも共通するのかもしれませんが、多くを得た人はそれを世の中に還元していく必要を強く感じます。

お金を持っていても人には寿命があり、死んでしまえば終わりです。
質素倹約を是とし、世に多くを残していれば死んでも名は生き続けます。
そういう考え方をしっかり広めていくと、実は環境問題についても解決の兆しが見えたりしないでしょうか。

人の欲望は尽きることを知らず、歴史を見れば人は滅びるために存在するような気がしてなりません。だからこそ、その人類の寿命を延ばすためには便利や裕福よりも別のものを追求しなくてはならないのではないでしょうか。

その昔、僕の現状は幸せな生活を送っている人だったでしょう。でも僕たちの多くは現状に満足をしません。人はそれを向上だと考えるかもしれませんが、考え方を変えると破滅への一本道なのではないかと思えてしかたないです。

...考えすぎですかね。

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