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2006/12/20

物質文明への憧れと満足

僕の実家は田舎にあります。全国でも有数の過疎地域で、人口の減少が数ある問題点の中でもかなり大きな割合を占めているような所です。

子供の頃はそこが嫌いでしかたなく、一刻でも早くそこから脱出してテレビで見る都会に行って生活したいと思っていました。

そして高校を卒業して就職し、故郷より都会へ近づくことができました。その後、仕事で転勤を繰り返しながら、数年後には花の都「東京」での生活が始まります。もう、そこにあるもの全てに目を奪われるような日々で、そこに自分が立っているという事が信じられないほど、感動をしながら毎日を過ごしていました。

それからまた、多少離れたところへ行きましたが、東京へは比較的容易に出る事ができる場所だったので、何度か足を運んではあふれた物質に覆われた都会の生活を満喫していました。

それから数年して、今度は一転再び田舎へ引っ越すことになり、現在に至ります。ここへ引っ越してきた時は正直嫌でした。「お金があっても欲しいものが手に入らない」というその状況にイライラさせられるばかりで、再び都会へ戻る日を夢見てやみませんでした。

ところが、最近そんなことを考えなくなってきました。

近年、増加する事故や悲惨な事件を見ていると、「あそこは本当に住み良い場所なのだろうか」という疑問が生まれてきます。また、僕が今まで欲しいと思っていたものは本当に必要なものだったのだろうか。
毎日家に帰り、子供の顔を見て、一日の事を話し、一緒に遊びながら笑顔になるという事以上に価値のある時間ってどれほどあるのだろうと考えるようになりました。この時間を犠牲にしてまで得られるほどのものにいったいどれほどの価値があるのだろう。

だからと言って、物欲に溺れた時期を振り返ってみてもそれを過ちだとは思いません。人にはそれぞれの時期があって、人によって長さが違ったりもするし、最後まで他人と共有できない価値観が存在するのだから、それぞれにとって大切な時間を大切に過ごしていれば、何の問題も無いと思います。

ただ僕は、以前と違う考えを持つ時期にさしかかり始めたような気がします。

今、手に入るものにほぼ満足していますし、それ以上のものを手に入れようという気持ちもあまり生まれてきません。僕が今欲しいものは、今の状況を手に入れるために僕たちが失ってしまい、今では手に入らないものです。

では古き良き日本をかろうじて維持しながら、今程度の文明も維持できる場所ってどこかなと考えると、実は実家のある地域なのかなと考えたりします。二十歳頃には嫌いだったけど、今は良いなと感じるという事は、もしかして僕にとって実家のある場所は「愛すことができる場所」なのかもしれません。

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コメント

私も、子供時代田舎で過ごしました。親の都合で今の町にいますが、田舎が懐かしく思います。私の場合は、この田舎を「特別な場所」として、とって置きたい気がしています。2年に1度ぐらいしかいけませんが、だからこそ特別なのかも知れません。「愛すことができる場所」故郷に住むのも、故郷を思う気持ちも、同じなのかも知れませんね。故郷と呼べる場所があるのは幸せだな・・・と思うようになりました。やはり、年のせいですかねぇ~

投稿: tmmt | 2006/12/20 22:25

tmmtさん、コメントありがとうございます。
年をとると田舎に行きたくなるという話はよく聞きますが、お互いまだ30代ではないですか。年のせいにはまだ幾分早すぎるような気もしないではないね。

でも、年数回しかいかないから「良く見える」というのはあるかもしれないです。実際に住んでみると...というのはつらいですね。

投稿: きむらしのぶ | 2006/12/21 04:32

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