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2006/11/17

習字

0611171827今日は夜勤明けで、今晩は仕事が無いのでお昼に昼寝をしてから、夕方に長女の習字教室へ付き添いで行ってきました。自分ですずりや筆を用意し、先生にもらった見本を見ながら字を書く娘を見ていると、改めて「大きくなったなぁ」と感心するばかりです。

娘が練習していた文字は「みち」。最近、自分の生きる道を模索している僕は一人で勝手にこの言葉の深さにも思いを馳せていました。

また、娘が書いている姿を見ているとついつい僕も書きたくなってきたのですが、「お父さんにも書かせて」と言うのはなんだか格好悪い。そこで、「こうするんだよ」と言いながら娘の手をとり、自分でも「みち」を書いてみました...改めて自分の字の下手さ加減にあきれてしまいました。書かなければ良かったです。

その習字教室には他にも数人の小学生らしき男の子がいましたが、この教室は完全に崩壊していました。「ストレス発散してぇ」とかいいながらクッションを殴り、蹴る子、来た早々から「もう書けない」と騒いで何もしない子。後からやってきた子が最初に口にする言葉は、「お前、なんでここにいるんだよ!」と他の生徒に向かって言う...多少知識としては現代の子供について知っているつもりでしたが、さすがにびっくりしました。

「お前達は何しにここへ来ているんだ?」
「お前らの親は何のためにここへお前達を来させているんだ?」

僕たちの親の世代は、とんでもないつけを僕らに押し付けているようです。まともに子供を育てずに、まともな孫が育つ環境を破壊してきて、「最近の若い子は...」と嘆いているなんてとんでもない。もし、民主主義とやらが公正ならこういう奴らに年金の支給をする理由がわからない。みんなは多数決を民主主義だと信じているようだけど、それは間違っている。多数決は手段の一つであって、民主主義では無い。多数決は決して公正にはなり得ない。なぜなら、半数以上の民衆は愚かなのだから。
僕たちの世代は本当に惨めです。教わるべきこと、知っておくべきことを教わり、知る機会を時代の波によって奪われ、誰かに作られた価値観を本質だと勘違いして、過ちを過ちだと知らないまま繰り返している。僕の知人はこんな世の中を変えるために、人を育てるための仕組みを日々検討中です。それは素晴らしいことだと思います。今はまだ遠くから見ている事しかできませんが、いつか僕も参加してみたいなと思っています。

閑話休題。
習字も言い代えれば「書道」。道のつくものを習うなら、子供にはしっかりと進むべき道を知ってもらいたい。
そういう意味で、最初に「みち」を練習させるのはとても良いことだと思います。子供が「みち」を書いている姿にちょっと感動したお父さんでした。

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コメント

ぜひ『耳を澄ませば』を夫婦で見てみて下さい。
自分にとっての宝石の原石とそれを磨き続ける『みち』が見えてくると思いますよ。

投稿: k2nd | 2006/11/19 04:25

k2ndさん、コメントありがとうございます。
「みち」と言っても、人によって色々な意味がありますよね。「耳を澄ませば」はレンタルで借りて何度か見ました。良い話ですよね。
最近、これからのことを考えているとやりたいことがどんどん出てきて、一つに絞ることが出来ずに困っています。こういう状況からは早めに脱出して、子供が成長する過程に於いて進むべき「みち」をしっかりサポートする親になりたいです。

投稿: きむらしのぶ | 2006/11/19 04:50

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