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2006/06/20

資格は誰のために取るのか

先日、会社の上司や諸先輩方と話をする機会があり、その中で資格取得についての話題がありました。

上司や先輩方は皆口を揃えて、資格の取得を勧めてきます。入社以来何度も耳にする言葉ですが、
「これからは資格の時代で、どんな資格を持っているかで評価が大きく変わる」
「資格は会社のためじゃない、自分のために取るんだ。」
ということを全員一致の意見として聞きました。

そこで、僕は思う。それは違うのではないかな?
資格を持っているだけで評価されると言う事は、今後は能力や実行力よりも受験勉強の上手い下手で評価するということになるのかな。
自分のために技術系の資格を取るということは、それを取っても自分の満足以外の何でもないということかな。

もちろん彼らの言葉の前には、いくつかの大前提があるのでしょう。
1. 仕事はきちんとこなしながら、常に勉強をして自らを向上させている人にはそれなりの評価がされる。
2. 技術力を向上させ、実力をつけておけば、会社がなくなるなどの不足の事態になっても身の振り方に困らない。

そうかもしれません。でも僕は違うような気がする。
1. 資格のほとんどは、お金集めのために誰かが決めた制度に過ぎず、それ自体にはそれほどの意味は無い。大切なのは、その資格を取得するだけの知識を使って何ができるかということ。
2. その資格を取得するだけの知識を得て、仕事の質を向上させ、より良い製品・サービスを提供することができるようになるため。

上司も先輩も同じ事を考えていると思いますが、若輩者を鼓舞するための言葉として前述のものを選んでいるだけなのでしょう。ですが、これは個人主義の弊害に見えて仕方がありません。やる気のない人間を鼓舞するために、その行為が私利私欲につながるという説明が一番いいというのは悲しい限りです。

例えば、会社で自分だけ抜きん出た実力があって何の価値があるのでしょう。自分がいなくなればそれで終わりという仕事は、それほど素晴らしいとは言えないような気がします。「継続は力なり」というのは何も個人についてのみの言葉ではないと思います。全員が向上し、しっかりとした基盤を作って、会社も社会も消滅しないことが重要です。

例えば、高い技術力を持っていても自分のためにのみ使うというのはどうでしょう。何度かブログでも書いていますが、自分が一人で喜ぶよりも、多くの人が喜ぶ方が自分自身の喜びも大きくなるものです。自分を向上させるのは、人のためなんだと、自分のやっていることに対する責任なんだと考えるべきではないでしょうか。

資格なんて取ったことが嬉しいのは数日だけで、数ヶ月後には「そんな資格持っていても仕方ないよ」と言ってしまうような気持ちでいないと向上はない。「私、この資格持ってますよ」なんて何年も自慢しているようではたかが知れてしまいます。そして、「そんな資格持っていても仕方ないよ」という言葉を聞いた未取得者は、「持っていても仕方ないような資格すら持っていない」というのを恥じて資格を取得するという感じの流れがいいなと思ったりします。

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コメント

うーん、まだまだw

投稿: K2nd | 2006/06/20 18:33

まだまだですか。

投稿: きむらしのぶ | 2006/06/22 14:07

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