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2006/04/14

人が見ていなくても、悪い事をしてはいけない

0604140555子供に「人が見てなくても、悪い事をしてはいけない」と教えるのはなかなか難しいですね。悪い事をしていると邪推して怒るわけにもいなかないし、子供が悪い事をしていない時に話をしても伝わらない。そこで、よく使うのが「神様」。普段から「人が見てなくても、神様はちゃーんと見てるんだよ」と諭していれば、それなりに身に付いて、自然と人が見てない時にも自分を正すのではないかと思ったりします。

そんな事を考えているおり、次のような文章を思い出しました。

『所謂誠其意者、毋自欺也。如悪悪臭、如好好色。此之謂自謙。故君子必慎其独也。
小人閑居為不善、無所不至。見君子而后厭然、揜其不善、而著其善。人之視己、如見其肺肝然。則何益矣。此謂誠於中形於外。故君子必慎其独也。』

中国の「大学」という本の伝六章に出てくる一節です。よく、この中の「小人閑居為不善(小人閑居して不善を為す)」という部分を切り抜いて用いられ、人は一人でいたり、暇があると悪い事をするという意味で使われます。この切り取った部分だけでも十分に意味は伝わるのですが、前後も読んでおく方がもっと大切な気がしたので、ここで紹介しておきます。

「誠意というのは、自分自身に嘘をつかないということである。悪臭のするものを嫌だと思い、綺麗な色を綺麗だと感じる。これが自分に素直になるということである。よって、立派な人は人が見てないことろでも必ず行いを慎むのである。
良くない人は一人でいると悪い事をし、それには際限がない。立派な人を見て、悪い行いを隠し、良い部分だけを見せようとする。でも人が自分を見た時、腹の中まで見通されるもので、そんな事(隠すような事)をしても何の効果もない。心に誠がないというのは外に見えるものである。だからこそ、立派な人は人が見てないことろでも必ず行いを慎むのである。」

人は自分自身を欺く事が多く、本当はしなくてはならないと思っていることでも、なんだかんだと理由をつけてはしていない事を正当化しようとし、そんな事をしているうちにいつの間にかしていない事は悪い事ではないように感じてしまう時があります。だからこそ、悪い事の際限が無くなってしまうのではないでしょうか。

そういう自分はどうかと振り返った時、僕も小人街道をまっしぐらに突き進んでいる最中でした。これから、自分のやったことを覆い隠すというつもりはありませんが、少しでも行いを正せるよう心がけなくてはなりませんね。

本当に「子育て」は「親育て」だなと改めて思いました。

補足として、もしここに載せた本や類似した中国の文献を見てみたい方は、下記サイトをお薦めします。ちょっと初心者向けではないですが、きちんとまとめてあって、参考になりますよ。
Web漢文体系

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