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2006/04/18

与え続けた結果

以前の記事(我慢させることで、より大きな喜びを与える)で書いた何でも与える親とその子供の関係に進展がありましたので、簡単に報告しておきます。

とある家庭では、外出する度に子供に何かを買ってあげていたそうです。「あれが欲しい」と言えば買ってあげ、「これが欲しい」と言えば買ってあげるという事を繰り返しているうちにどんどん品物が高価になっていったそうです。その家に行くと、「おいおい、僕も持ってないよ」というようなものが子供のためにずらりと並んでいました。

そして最近の話を聞くと、近頃は子供が寝ていたりテレビを見せている間に両親だけで外出するようになったそうです。その理由は、買い物に行くと「あれが欲しい」「これが欲しい」とうるさいからだそうです。
外食する時は、子供が保育園に行っている間に二人で済ませるようにしているとのことです。理由は「あれが欲しい」「これが欲しい」と全部食べるわけでもないのに、注文しようとしてきりがないからだそうです。

子供が可愛いからと欲しがる物を与え続けられた結果、この子供は親とともに楽しみを分かち合うというとても基本的なものを与えられなくなってしまったようです。

「回りの子供が持っているから自分も子供に買ってあげなくてはならない」という考えはとても危ないような気がします。「○○ちゃんが持っているから、私も欲しい」と言って、それを手に入れようとするって変じゃないですか?
それの要・不要ばかりか、それが欲しいか否かすらきちんとわかっていない子供に、何でも与える行為は、結局その子供が手に入れなくてはならない本当に必要な物を奪う行為になりかねないのです。

「我慢させると可哀想」というコメントもありましたが、どちらがもっと可哀想ですか?

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コメント

子どものいう事を親がなんでも聞くというのは、私も反対です。
そんなことを続けていると、きむらさんの知り合いのお子さんのようになるのは自然なことだと思います。
そして、それから逃れるための親の行動も、自分が行ってきた結果ですから、自分で受け止めるしかありませんよね。

「我慢する」ということを学ばないと、社会では生きていけません。
社会では、我慢することばかりなんですから、そのために、子どものうちからきちんとしないと、大人になってできるとは思えません。

私の義父がとても良いことを言っています。
「子どもは社会にだすために、預かっているんだからね」と。
「自分の子どもを社会に出すときまでに恥ずかしくないように育てなさい」とのことです。

投稿: ichiro | 2006/04/19 12:41

ichiroさん、コメントありがとうございます。
「預かっている」という考え方は、僕も全くその通りだと思います。着せ替え人形みたいな感覚で子供を扱っている人を見ると、我が子は自分の所有物でないということを忘れているような気がします。
今回のことは、「子供が喜ぶこと」=「子供にしてあげなくてはならないこと」ではないと、身にしみて実感させられる事例でした。

投稿: きむらしのぶ | 2006/04/20 12:03

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