« EXPLORER | トップページ | 龍眼 »

2006/03/13

リヤカーの豆腐屋さん

今朝、ニュースを見ていたら東京築地の豆腐屋さんがアルバイトを使ってリヤカー販売をしていることの紹介をしていました。

思い出してみると、僕が子供の頃にも何人かのおばあちゃんが野菜や魚をリヤカーに積んで、団地内を売りに歩いていました。いつからなくなったのかわかりませんが、今売りに歩いているおばあちゃんを見ても「買おう」という気にはならないかもしれません。そんな風に考えるのは悲しいなと思うと共に、寂しい世の中になったものだとも思います。

ところが、このアルバイトはとても繁盛しているそうです。ニュースを見た範囲では、購入している人はおばさんが多く、「懐かしいから」という反応がほとんどでしたが、いいなぁと思いました。お店の商品陳列にはそれなりに理論があり、お客の購買意識をコントロールするよう陳列されているのはわかりますが、やっぱり人のぬくもりと一緒に商品を提供するというのはいつの時代でも強いのでしょうか。値段はスーパーマーケットよりちょっと高いような気もしましたが、それが付加価値でしょうか。

お客さんを目の前にした仕事ができて、以前購入してくれた人が「おいしかったよ」と言いながらまた買いにきてくれたら、仕事に喜びを感じるだろうし、責任も感じることができるでしょう。

僕はどんな仕事でも必要だからその仕事があると思っていて、収入が多い仕事は立派で少ない仕事は立派ではないという考え方は嫌いです。誰かのためになっている以上、それは全て立派な仕事です。それなのに、収入の少ない仕事を負け組などと言って蔑む行為はとてもおかしいと感じます。

どうしてそうなったのかと考えてみると、今の世の中の賃金が適正価格ではないためだと思います。先日読んだ本にも書いてありましたが、適正価格を維持するというのはとても重要です。市場主義経済というのは、欲に目がくらんだ人ばかりになった時、歪みを修正するのがとても難しいのです。

では、適正価格ってどうやって決めるんだと言えば、やはり人と人のふれあいが必要な気がします。

僕たちは、お金を払っている客だからと横暴な態度を取るのではなく、商品を提供してくれる相手を尊重し、感謝しなくてはなりません。また、その気持ちが売り手にも伝われば、そうして感謝をしてくれる相手に対し暴利をむさぼるような事をする人も少なくのではないでしょうか。

合理化、合理化と言われる世の中ですが、合理化してはならない部分を忘れてはいけません。利益に目がくらむと人の考えはどんどん浅はかになっていきます。一見無駄に思えるような事が、実はとても大きな利益につながったり、地域や日本全体の発展に寄与することだって考えられるのです。

|

« EXPLORER | トップページ | 龍眼 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/79953/9065949

この記事へのトラックバック一覧です: リヤカーの豆腐屋さん:

« EXPLORER | トップページ | 龍眼 »