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2006年3月の24件の記事

2006/03/31

POTION

0603311304しばらく前に話題になっていたファイナルファンタジーのポーションが近所のスーパーでワゴンにどっさり入って売られていたので、買ってみました。不思議な前評判のせいで、発売以降良い噂を聞かないこの飲み物ですが、なぜか僕の味覚のツボにぴったりはまってしまいました...もう一本買ってもいいかな...

でも、これは味覚だけのせいではなく、このポーションを巡って繰り広げられたある出来事がこの味を引き上げたと思われます。

家に帰って箱から出すと、子供が寄ってきたので「これは魔法の薬だよ。」と言ってみました。子供が「そうなんだぁ」という顔をするから、ついついいたずら心に火がついてしまい、「飲んだら豚さんになってしまうんだよ」と言ってみると、長女と次女は本気にしてしまいました。「飲んでみる?」と目の前に差し出すと、「嫌!」と言って離れていきます。そうして、「素直だなぁ」と思いながら娘の仕草を楽しんでいました。

暫く経って、かみさんと味見をしてみようとふたを開けると、二人の娘が「飲んだらダメ!!」と大声をあげます。驚いて、二人を見ると「飲んだら豚さんになるんだよ!」と...かみさんが笑いながら「ならないって」と言って、ビンを口に近づけると、今度は大泣きです。「うわーん、お母さんが豚さんになるぅ...(ToT)」と叫ぶので、飲む事ができません。

それから何度も冗談だったと説明しても聞きません。そして僕たちがビンを取ろうとすると、それをすっと取り上げて飲ませないよう必死に抵抗します。

暫くの間、何度も説明してからやっと飲む事を承諾してくれました。「本当は、これは力がつく薬なんだよ」と言ってみると、上の子は自分も飲みたいと言ってきました。飲ませてみると一言、「なんか強くなったみたい」。
下の子は、それでもまだ怖がって全然飲みませんでしたが、1本のポーションを家族で分けながら飲みました。

この騒動の後、かみさんには「子供は正直なんだから、そんなことして遊ばない!」と怒られ、確かにやりすぎたかなとも思いますが、良い思い出が一つできたような気もします。ということで、最近ちょっと疲れていたのですが、ポーションのおかげで少し回復できました。

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スーダン・ダルフール危機

イラクも大変だけど、ここも大変。(参考URL)

ちょっと探すといくらでも情報が手に入りますが、僕も以前一度耳にした事があったのに、そのまま記憶の片隅に追いやっていました。調べれば調べるほど気分が悪くなってきます。

小学校での英語教育が必修となる(これにはあまり賛成ではないですが...)のは、相対的な広さとして世界がどんどん狭くなってきている証拠です。日本だって今は平和かもしれないけど、これからどうなるのかわかりません。

独裁者が独善的な支配を続けている国や私腹を肥やすために他国に戦争をしかける国、そして不合理な理由で国民を殺害している政府は今の時代でも絶えてはいません。また、人の文明は進歩すればするほど、被害が大きくなっていく気がしてなりません。自分が安全なら平和と言えるのでしょうか。

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2006/03/30

このブログの意義

最近、ちょっと疲れ気味。その披露の原因は全部僕、自分自身。
今までやってきたこと、できなかったこと、これからやろうとしていること。

「明日のために今日できる事」を考えながらやってきたけど、こうしてブログという他人が読める形で自分をさらけ出した時、実は自分の否定してきたものは自分自身であって、自分に一番欠けていることを偉そうに吹聴していた自分に気付かされています。「馬鹿なんじゃないか」とか「頭がおかしい」とかいう言葉を使って、小さなことに腹を立て、その話を聞いてくれる人がいると調子に乗って講釈をたれる。その講釈を話すうちに、よくよく考えてみるとそれは自分自身を非難しているのと同じになってて、でも話し出すと止まらないから、いつまでも恥の上塗りを続けてる。

そして、自分のやってきた事がいつか自分に跳ね返ってくるのだと思うと、怖じ気づいてしまいます。また、自分に返ってくるだけならまだしも、かみさんや子供にまで苦労をかけるような事になるのではないかと不安になってしまいます。

前から思っているのですが、もしいつかどこかで自分と瓜二つの人と出会ったら僕はその人とは仲良くなれないでしょう。僕と仲良くしてくれている人達は、本当に驚嘆に値するほど心の広い人だと思います。

ものの本に「人を裁いてはいけない」とあります。それは自分が裁かれないためにです。これは、自分の失敗を人から非難されなくないから、自分も人の失敗に文句を言わないというのではないようです。人を裁く時、それは自分自信を裁く事になるということなのではないかなと思うようになりました。
そしてこの本にはまた、「人を裁く前に自分自身を裁きなさい」という一節もあり、これにも納得してしまいます。
自分自身を裁けないようならば、人を裁く資格がないのだと痛感しています。

一般の人達には当たり前のことなのかもしれません。みんなそうして生活しているのかもしれません。ですが、人一倍自尊心の高い僕には、なかなかこのことに気付けませんでした。
とは言え、気付けばその瞬間に実践できるという気がしません。
これからももっと自分を裁いていかないといけない気がします。
ということで、このブログは書き続ける事自体が僕にとっての「明日のために今日できる事。」ではないかと、感じています。

また、もし他の誰か一人でも僕と同じような事を考えていたり、このブログを見て考えるようになったりするようなことがあれば、いいなとも思います。

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2006/03/29

部屋の掃除

最近、いろいろとあってご無沙汰してました。

かみさんの仕事も決まり、仕事自体はそれほど難しいものではないみたい。カタログをばらしてスキャンする単純作業だそうです。でも、別件で翻訳や通訳の仕事も入りそうで、急に忙しくなって慌ただしく動いています。
何はともあれ、何かする事があるのはいいことです。張って仕事をして、新しい事を経験してきてもらいたいと思います。

今日は雪が降ってきましたけど、そろそろ春なので部屋の掃除をしました。
以前の記事書いた通り、僕は「捨てられない病」にかかっていますが、この病気を払拭するためにもいらないものを少しずつ捨て見る事にしてみました。

まず、1996〜2000年の間に購入していたPC雑誌の付録についてきたCD-ROMです。「そんなの取っててどうすんの?」という声が聞こえてくるような気がしますが、末期患者なのでありとあらゆるものが大切に保管されています。とりあえず、多くのCD-ROMが無くなりましたが、Windows3.1用のソフトウェア製品CD-ROMなどは今だに健在なので、今度はこれに挑戦したいと思います。TurboLinux3やRedhatLinux6のFTP版なども捨てられずに残っています。

また、読まなくなった漫画や書籍を実家に送りつけようと段ボール箱に詰めておきました。連載中の漫画以外を全て無くしてみると本棚には専門書ばかりで、どこかの事務所みたいです。

4月から放送大学の勉強をするので、この際だから勉強に邪魔なものは一切残さないくらい捨ててしまいたいと思っています...たぶんできないだろうけど...

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2006/03/25

入学者の集い

060325-1518今日、放送大学の新規入学者を集めてオリエンテーションがありました。
学内にある施設の紹介や利用方法、教員や職員の紹介などこれからの学生生活に必要なことを、いろいろ教えてもらいました。

そのオリエンテーションの前に卒業生達の学位記授与式があり、卒業生方々のコメントを聞いていると「入るのは簡単だけど、出るのは難しい」という印象を改めて感じました。申し込んだら合格書が送付されてきたのだから、入るのが簡単というのはとてもよく実感できています。そして、先日送付されてきた教科書を見ると、この分厚さを半年でこなすのかと驚かされています。そして、卒業生の方々はやっぱり全員きちんとした目標と意識を持ってやってきた人達でした。僕の会社や世の中に多くいる「とりあえず行けるところに行っただけ」という大学卒の人達とは顔が違うように感じました。

また、オリエンテーションに先立って放送大学の理念をセンター所長から聞かせていただき、その内容に関心しました。それは、僕がなんとなく「こういうことじゃないかな?」と思っているようなことを、きちんと文章にされて事業として形にしているということをはっきりと認識させられる内容でした。
これからの学生生活に一抹の不安はあるものの、しっかりと自分の目標を維持できるよう頑張って行きたいと思います。

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2006/03/22

面接

今日、かみさんが面接に行きました。
昨日から今朝にかけて、何度も失敗しながら書き上げた履歴書を手にドキドキしているようすは、気持ちが僕に伝わって、僕までドキドキしてしまう感じでした。

求人票にあった仕事の内容は、スキャナを使った画像の取り込みとPhotoshopを使った加工、または雑務という程度だったのに、行って話を聞いてみるとExcel&Word+PowerPointを駆使した資料の作成、経理までやってもらうという話だったようです。それを聞いたかみさんは「そんなぁ...」という気持ちに加え、それを週2日以上3時間/日程度という条件で探して本当に見つかるのだろうかと驚いたようです。

従業員3人という小さな企業だったので、やらなければならない事が多いというのはおかしいなと思わないけど、求人票にきちんと要求するスキルが書いてないと応募する人と求めている人材の乖離は避けられないんじゃないかなと感じました。それに週6時間程度で、ぱぱぱっと仕事をこなして帰って行くようなスーパー社員が時給700〜1,000円程度で働くのかも疑問です。
それとも、相場ってその程度なのかな?よくわからないから、これくらいにしておきます。

とりあえず、面接の結果は芳しくなかったと感じているようです。ま、いい経験だったかな。

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2006/03/21

履歴書の作成

060321-2204履歴書を作るため七転八倒しながら文章を考えています。と言ってもこれは、かみさんのこと。
日本語には問題ないのですが、微妙な言い回しがわからないようで「これは何て書くの?」とか「ここはどういう風にするの?」とか聞かれて、困っています。だって、僕は転職をした事がないから、僕の知ってる知識は十数年前に高校卒業時に書いたことがある程度のものなので、どうすべきなのか知らないということを今更ながらに自覚させられました。

本当に履歴書って重要なの?こんな紙きれで何がわかるの?と思ったりもしますが、面接程度でどれほどの人となりがわかるかというのも相手によりけりだろうから、やっぱこの紙切れも採用・不採用の判断に大きく関係しているのだろうと思ったりもします。

かみさんが流暢な日本語を操るので、ハローワークの人は相手の企業に「在日韓国人」として紹介してしまったらしく、かみさんはそれをとても気にしています。何時間もかけて書いた履歴書を持って面接に行ったら、「外国人の方はちょっと...」と門前払いを食らうのではないかというのです。
そうなるかもしれません。でも、それはそれで良い経験になりますよね。永住権を持っていると日本人と同じように扱わなければならないという決まりもあるようですから、僕はそれほど心配はしていないのですが、かみさんを知らない人がどう感じるのかは想像もできません。

とにかく、今後のためになるよう頑張ってもらいたいと思います。

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2006/03/20

ハローワークに行ってきました

駅の近くにあるハローワークに行ってきました。とは言っても僕のためではなく、かみさんのためです。
今年に入ってから、仕事をしたくて仕方が無いということを何度も言っていました。ちょうど、義母も日本での生活に慣れてきて、子供の面倒を見る事にもなんの支障もなくなってきたことだし、そろそろ本当に仕事をしてみても良いかなとお互い考えるようになってきました。

初めは、パートとしてマクド○ルドや近所のスーパーを考えていたようですが、日本語の先生から「勿体無い。韓国語も日本語も扱えるのに、そんな仕事はいけません」というようなことを言われたようで、先週からハローワークでめぼしい求人を探していました。そんな中、簡単なパソコン操作の仕事があって、ちょうど韓国に関係するようなこともあるようなので、そこへ申し込みに行きました。結果、韓国人でも面接をさせてくれるということなので、これから履歴書を作ってそちらへ送付する事になりました。

これから、かみさんにどんな生活がやってくるのか楽しみです。

かみさんがいろいろと書類の作成をしている間、暇だったので近くにあったパソコンを使ってちょっと求人を出している会社を探してみました。そしたら、下記の会社の求人がありました。
 アクセス情報株式会社
今住んでいる所は、誰も相手にしない辺境のような田舎だと思っていましたが、頑張っているところもあるようですね。先月に参加したjus関西の研究会でも話をさせて頂いたのですが、地方のIT化を促進するというのは価値ある事なのかもしれないと思うようになりました。

ただ、ハローワークに求職に来ている方々の面持ちはとても深刻な感じで、「仕事がある」ということ自体を感謝させられました。

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2006/03/19

他の日韓夫婦はどうでしょう?

WBC 日韓戦。
「3度目の正直」になるか「2度あることは3度ある」になるかで、多くの人がドキドキしながら見守っていたと思われるこの試合。結局、「3度目の正直」になってしまいました。

そこで僕が周りの人によく聞かれるのが「夫婦喧嘩にはならないの?」です。
答えは、喧嘩にはなりません。幸か不幸か、かみさんは全然スポーツに興味がないので、勝とうが負けようが全く気にかける様子がありません。

ただし、もっと問題になるのが文化の違いです。これまでつきあってきた諸外国の人達も同じ事を言っていましたが、日本人は付き合いにくいようです。日本人全員がそうだとは言いませんが、「曖昧」というぬるま湯にどっぷり浸かりながら、思いやりや優しさを失い、考えを表に出さないまま差別や偏見の眼差しで人を見るというスタイルについて行けるような人は少ないようです。日本人だって付き合いきれずに「ひきこもり」になる人がいるのに、全く文化の異なるところで育った人に馴染めというのはなかなか難しいようです。

そして、やっぱり一番大きな問題は竹島問題に代表される政治的な点です。
僕は、ちょっと日本と韓国が対立するようなことがあると、すぐにそれを煽るメディアが出てくることに頭を痛めています。日本人にも色々いて、韓国について悪く思っている人もいればそうでない人もいる。むしろ興味の無い人が多くいると思われるのに、そんな報道をして「日本人はこう考えています」みたいなことを勝手に印象付けて、相手国の人達の感情を害します。そればかりか、興味の無かった人に誤った判断をさせる要因を作ったりします。
そんなニュースが飛び込んできた時、正直家に帰るのが憂鬱になります。

他の日韓ペアで結婚した人達はどうなのでしょうね。今回の試合で喧嘩したのでしょうか?

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2006/03/18

学ぶ事を学ぶ

「学校は、教わるつもりなら時間の無駄、学ぶつもりなら何かの役には立つ」という言葉をどこかで聞いた事があります。

学校の先生の中には、両親も先生、祖父母も先生、自分も大学を卒業してから先生として就職したという人がいます。こんな人達に学校の先生以外の仕事をする子供達に何が教えられるでしょう。何も教える事はできません。それでも僕たちは学校に行く必要があるのでしょうか。
僕は行く必要があると思います。それは僕たちが学ぶ事を学ばなくてはならないからです。

学校とは、世の中と隔離された部分しか知らない不完全な大人である先生という人が、色々なことを考えてきた人間の歴史の中から知識のレベルに合わせた情報を体系的に提供してくれる場所です。こんな無作為な教育という行為から自分に必要なものを選択し、学校から提供される不完全な情報をもとに自分で必要な事を学ぶという能力を身につける場所が学校だと思っています。

僕は子供の頃、「なんでも先生の言う通りにしなさい(*1)」などという馬鹿げたことを親から聞いた事もないし、「先生が言う事がいつも正しい」などと思った事も無いです。ところが世の中を見てみると、子供が学校の先生の言う事を鵜呑みにする事を奨励するような親が多いようで、世の中の役に立たない子供が増えている。そんな風に先生を見てきた人が先生になると、とんでもないことになったりします。ある大学の博士課程の学生が「研究室では教授が神様だ」と言っていました。その人は博士課程を終え、どこかの大学の助教授になりましたが、将来は神様になれるとでも考えているのでしょうか。

主体性のかけらも無く、言われた通りの手順で答えを導く事がすばらしいことだと信じ、教わらない事はわからないからしなくて良いと平気で言う人がいます。こんな人間が社会に出ると、本質よりも提供された情報に従うことに必死になるだけです。物事の本質を見る事ができないので、その情報が歪められて提供されているか否かに思いを巡らせる事も無いようで、どうでもいいような事がその人の人生で最も重要だというような思いを抱いて生きているみたい。もしくは、歪められた情報の矛盾の中で自分の意味や価値を見つける事ができないまま、引きこもりになってしまう。

僕たちは自分で学ぶ事を学ばないと意味が無い。学ぶ事を知らない人には、夢を見つける事もその夢を追い続ける事もできないのだと思います。

注 *1 「言う事を聞きなさい」となっていたのを修正。2006/3/19

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2006/03/17

Mac OS XのX11でバックスラッシュを入力する

先日、Tigerになってから初めてX11を使うようになりました。 以前、Pantherを使っていた時にはX11でUNIXアプリを使ったりしていたのですが、初期設定は友人に相談しながらやっていたので、特に問題はありませんでした。

そして、久しぶりにX11のxtermで会社のサーバにログインし、データベースをちょっとメンテナンスしようと思ったら...バックスラッシュが入力できない...コマンドにバックスラッシュは必須なのに...
とりあえず、調べてもすぐにはわからなかったから苦渋の選択として、いきなりxtermを終了させてしまいました。

そこで、Google先生にご相談をさせて頂きますと、
 $ xmodmap -pke
というコマンドでキーとシンボルの対応表が手に入るらしいことがわかったので、早速試します。するとだらだらと一覧が表示される中に
 keycode 101 = yen bar backslash bar
という一文が。ふと思ったのが、こうして書いてあると言う事はバックスラッシュも標準で入力できるはず。では、この4つの単語の意味はなんだろう?

ということで、Google先生にご相談をさせて頂きますと、
 keycode [コード番号] = [キーのみ] [キー+Shift] [キー+option] [キー+option+Shift]
という対応になっているらしいことが書いてある。
そこで、再度xtermを立ち上げて、option+¥キーを押してみると...

これはMacでは常識なんでしょうか。
ターミナルではそのままバックスラッシュで表示されるのに、通常のアプリケーションでは¥マークだから「言語設定の関係かな」とか勝手に解釈していたのですが、どうやらそうではないのですね。

ちなみに、Google先生はまず「xmodmap」の変更を示唆されましたが、そんなことしなくてもできるはずだと思って執念深く探してみた甲斐がありました。だって、紹介されてる通りにしてしまうと、今度は¥マークが入らなくなってしまいます。

Macを使い始めてそろそろ2年になろうとしているのに、まだまだわからないことだらけです。

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2006/03/15

OpenOffice.org2.0.2 Mac版

MacではNeoOfficeを使っていましたが、MLでMac版OOo2が完成したとの情報が流れていたので使ってみました。

以前OOo1.1を試したときは、日本語入力やフォントの設定がうまくできず挫折していたのですが、MLやWikiで「成功しました」とか「うまく動作しています」といった内容がたくさんあったので、もう一度試してみる事にしました。
結果から言うと、OKです。それなりにうまく動作しています。

やったことを簡単にまとめてみます。何かの参考になれば幸いです。
1. 日本語版 for Mac OS Xにて、PPC版をダウンロードし、ApplicationsフォルダにOpenOffice.org2.0をコピーします。
2. Xcode、X11は既にインストール済みだったのですが、もしなければインストールします。また、X11 SDKもインストールします。ちなみに僕はXcode2.2をインストールしていたので、添付のリカバリーDVDからX11 SDKをインストールすることができず、ダウンロードしたXcode2.2のディスクイメージの中にあったものをインストールしました。
3. X11 for Mac OS Xでことえりを使うで紹介されている手順通りにkinput2をインストールします。
4. 独立行政法人 情報処理推進機構のフォント(IPAフォント)付きGRASS国際化版(i18n)からIPAフォントをダウンロードして展開し、FontsフォルダにあったTTFファイルを
/Applications/OpenOffice.org\ 2.0.app/Contents/openoffice.org/share/fonts/truetype/
にコピーします。
5. X11を起動し、
$sudo ln -s /Applications/OpenOffice.org\ 2.0.app/Contents/openoffice.org/soffice /usr/X11R6/bin
としてから
$soffice &
で実行。

コマンド+スペースで見事に仮名漢字変換が可能となり、何の問題も無く使えていました。早速ガントチャートforOOoを実行してみると、何の問題も無く動作し、OOo2.0 Mac版は完璧...かと思われましたが、Baseでフォームウィザードを実行すると何やら重要なファイルが見つかりませんとか言うエラーが出ます。
これはとりあえず解決法を探すとして、他はしっかり動作しているようです。Culcでデータベースの内容を表示しながら作業できる機能があって、これはなかなかいい感じ。

これから、色々遊んでみたいと思います。

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2006/03/14

龍眼

060314-2123韓国人の知人がうちへ遊びに来たようで、中国の果物をお土産に持ってきてくれました。名前は「龍眼(ロンガン)」と言うそうです。皮を剥くと、黒い種に薄い白い身がついていて、さながら龍の目のようでした。

味はライチとそっくり。でもちょっと薄味で、ライチよりたくさん食べれるかなと思います。また、ライチより種が大きいので、ちょっと物足りない気もします。

外見はライチと全然違うのに、味がほとんど一緒というのは面白い。
僕の子供はライチが大好きなのに、この龍眼を食べさせようとすると初めは頑に拒否しました。何か違うものだと思ったのでしょう。僕もそういう事をしているかもしれません。本当は同じなのに、違うと思い込んで拒絶しているような事があるのかもしれないなぁと思ったりしました。

やっぱりちょっと見方を変える必要があるのかもしれない。

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2006/03/13

リヤカーの豆腐屋さん

今朝、ニュースを見ていたら東京築地の豆腐屋さんがアルバイトを使ってリヤカー販売をしていることの紹介をしていました。

思い出してみると、僕が子供の頃にも何人かのおばあちゃんが野菜や魚をリヤカーに積んで、団地内を売りに歩いていました。いつからなくなったのかわかりませんが、今売りに歩いているおばあちゃんを見ても「買おう」という気にはならないかもしれません。そんな風に考えるのは悲しいなと思うと共に、寂しい世の中になったものだとも思います。

ところが、このアルバイトはとても繁盛しているそうです。ニュースを見た範囲では、購入している人はおばさんが多く、「懐かしいから」という反応がほとんどでしたが、いいなぁと思いました。お店の商品陳列にはそれなりに理論があり、お客の購買意識をコントロールするよう陳列されているのはわかりますが、やっぱり人のぬくもりと一緒に商品を提供するというのはいつの時代でも強いのでしょうか。値段はスーパーマーケットよりちょっと高いような気もしましたが、それが付加価値でしょうか。

お客さんを目の前にした仕事ができて、以前購入してくれた人が「おいしかったよ」と言いながらまた買いにきてくれたら、仕事に喜びを感じるだろうし、責任も感じることができるでしょう。

僕はどんな仕事でも必要だからその仕事があると思っていて、収入が多い仕事は立派で少ない仕事は立派ではないという考え方は嫌いです。誰かのためになっている以上、それは全て立派な仕事です。それなのに、収入の少ない仕事を負け組などと言って蔑む行為はとてもおかしいと感じます。

どうしてそうなったのかと考えてみると、今の世の中の賃金が適正価格ではないためだと思います。先日読んだ本にも書いてありましたが、適正価格を維持するというのはとても重要です。市場主義経済というのは、欲に目がくらんだ人ばかりになった時、歪みを修正するのがとても難しいのです。

では、適正価格ってどうやって決めるんだと言えば、やはり人と人のふれあいが必要な気がします。

僕たちは、お金を払っている客だからと横暴な態度を取るのではなく、商品を提供してくれる相手を尊重し、感謝しなくてはなりません。また、その気持ちが売り手にも伝われば、そうして感謝をしてくれる相手に対し暴利をむさぼるような事をする人も少なくのではないでしょうか。

合理化、合理化と言われる世の中ですが、合理化してはならない部分を忘れてはいけません。利益に目がくらむと人の考えはどんどん浅はかになっていきます。一見無駄に思えるような事が、実はとても大きな利益につながったり、地域や日本全体の発展に寄与することだって考えられるのです。

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2006/03/12

EXPLORER

流行遅れの僕は、映画ばかりではなく音楽について遅れまくりなレビューを書いてみたいと思います。

ということで、タイトルにあるのは槇原敬之の13thアルバムで、公式HPによると、2004年の夏に発売されたもののようです。

槇原敬之の曲は高校時代から就職したばかりの頃によく聴いていました。デビューしてから4〜5枚のアルバムを持っていて、とても大好きでした。詩にドラマがあり、聴いているととても慰められたり、反省させられたりした覚えがあります。しかし、結婚するちょっと前から音楽をほとんど聴かなくなり、また聴いたとしてもクラシックなどで、槇原敬之のCDも他の歌手と同様に手を伸ばす事がなくなりました。

数年前に「世界に一つだけの花」をSMAPに提供して大ヒットし、これを聞いて久しぶりに槇原敬之のアルバムを聴いてみようと思いながら、ずるずると時間が経ってしまいました。ところが、先日レンタルショップでビデオ以外にも何か借りてみようと立ち寄ったCDコーナーにこのアルバムがあり、「世界に一つだけの花」が入っていたので借りてみました。

家に帰ってこのアルバムを聞いて、以前に槇原敬之のCDを聴いた時と同じように胸が熱くなりました。今の僕にぴったりです。ついでにいくつかの曲で目頭も熱くなりました。ということで、無謀にも全曲に僕の感想を書いてみようと思います。ちなみに曲の紹介にはなってませんし、曲を聴かないと全然意味がわからないと思います。
ということで、CDを用意してから読んでみて下さい。

[優しい歌が歌えない]
最近過去の自分を見直し、反省を繰り返す毎日でした。この曲はまさにそれがテーマでした。過ちを繰り返して、その過ちに気が付いてもやっぱり同じ間違いを犯す。そんな自分に嫌気もさしますが、答えはどこにもありません。この曲も答えをくれるわけではありません。ただ、自分をもっと強くしてくれます。過ちを繰り返す僕に「次からはそんな事しないでね」と優しく語りかけてくれている人がいるような気がしました。

[夏は憶えている]
ちょっと負けそうな自分に昔を思い出させて、もう一度頑張ろうかなという気持ちにさせてくれる曲でした。あまりいい思い出はないけど確実に今の僕の肥やしになってる小中学生時代、夢を熱く語った懐かしい高校時代、そしてこれまでの会社生活。「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。(魔女の宅急便)」と言えるような気がしました。

[Tag Team]
家族を持って初めて気が付くことが多いです。人は年をとるほどいろいろな事を軽々と対処できるようになって、だんだん人生は楽しくなると思っていたのに、最近は日に日に重圧が増えて行く毎日です。その中でも一番大きな重圧は家族です。僕の実家はお互いを気にしているようで、実はあまり相手を大事にしていない家族でした。僕は自分の家族をそんな風にしたくないなと決意を新たにしました。

[武士は食わねど高楊枝]
僕は家事の一切を妻に任せていますから、この曲にあるような事態になったらと考えると恐ろしくなります(聴けば意味がわかりますよ)。この中にある「全ては僕の選んだ未来」という詩にとても深いものを感じました。以前の記事にも書いたようにいろいろと愚痴る事もありますが、やっぱり今の僕は僕が選んだ未来なのでしょう。今もこうしてここにいるのだから腹を決めて、僕も「武士は食わねど高楊枝」で生きて行かないとだめですね。

[Happy Ending]
子供の頃に感じた事、今感じている事を改めて考えさせられます。弟と不仲だったことは何度も書いていますが、同じようなことを自分の家族で繰り返したくないと思う毎日です。

[君の名前を呼んだ後に]
ちょっと出張したり、一人で遠出したりすると、この詩にあるのと同じようなことを思います。家でしっかり家族の安全を守っているかみさんに感謝しています。

[とりあえず何か食べよう]
これは、愚痴を繰り返す僕へのカウンターパンチでした。いつも偉そうに愚痴っている僕も何か食べた方がいいのかな?愚痴を聞く人の身になってみないとだめだし、僕が人に言われて腹が立ったことについても一つ一つ考え直して整理してみる必要があるのかも知れないですね。

[ハトマメ 〜Say Hello To The World.〜]
かみさんと国際結婚する前から、海外の人とつきあう機会が多く、とても懐かしい想いを思い出しました。国際交流っていいですよ。何が重要なのかを見つめ直すことができます。相手の文化を理解すると言う事は、自分の文化を理解する助けになります。違う言葉で挨拶をすると世界が広がります。

[The Fog]
最近、かみさんとのいがみ合いもずいぶん減ってきましたが、結婚したばかりの頃はお互いがわがままを主張しながら一生懸命わかってもらおうともがいていて、意見の衝突ばかりでした。今思うのは、相手の事をわかろうとしたり、理解しているつもりになったりしてはいけないということです。ましてや、相手を教えようなんて不遜極まりないことかもしれません。ただ、相手のことを想い、受け入れるような気持ちがお互いに必要なんだと思います。

[世界に一つだけの花]
今更コメントを書くのも恥ずかしいような気がしますが、とりあえず書いてみます。
僕はどうしてここにいるの?生まれてこない方が良かったかな、いない方がみんなのためになるんじゃないかなと思うことは一生のうち何度かあると思います。しかしそんな事はありません、一生懸命になれば誰だってそこにいる価値があるのです。
またまた世界情勢ネタになりますが、人の命に軽重はなく、イラクの人達だってみんな世界に一つだけの花です。この花を一つでも散らせるような事をしてはいけません。ましてや戦争などに加担して、積極的に散らすなど言語道断です。戦争は必要悪などでは無いのです。犯罪者だって、犯罪者になったのには理由があるのです。その原因をきちんと解析し、取り除いて世界にすばらしいお花畑ができあがることを切に願っています。平和ってすばらしいことですよ。問題なのは、その平和に慣れすぎ、平和の意味を忘れて維持する努力を怠る行為です。

[Boy, I'm gonna try so hard]
以前一緒に仕事をしていた人で、「彼女の誕生日だから」と高利貸しからお金を借りて誕生プレゼントを買っている人がいました。僕はその人に言いました。「もし、君の状況を理解していて、このプレゼントを喜ぶような女性なら別れるべきだ」。この言葉が相手に伝わったか否かはわかりませんし、その後職場が変わったのでどうなったかも聞いていません。人に喜んでもらうのは難しいですよね。ただ、あげる人ももらう人も努力しているというのが大切だと思います。「正直に生きて得たものだけをあげたい」という曲中の言葉もすばらしいと思いました。

[僕が一番欲しかったもの]
これは結構前から聞いていて、好きな曲のうちの一つです。「人にしてあげた事を感謝された時の気持ちは、人を蹴落として得た満足感より大きい」という事を歌った曲だと思います。僕も同じようなことをブログに何度か書いていますが、これほどうまく表現はできないですね。
この曲はドラマ仕立てで、とても聴きやすくわかりやすい。本当にすばらしい曲だと思います。

まとめとして、このCDはただの歌を越えて、道徳観を養うための教科書のように感じました。自分の損得だけに躍起になって、少しでも人より多くの利益を得るためにがむしゃらになっているだけの日本人を導いてくれるCDです。

このレビューを書くのは、さすがにちょっと疲れました。しかし、レビューと称した持論の展開に過ぎないですね...反省。

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2006/03/10

やっとココログがまともに使えるようになった

昨日から全然まともに使えなくなって、ログインはおろかコメントを書く事もできなくなっていました。

サポートページを見てみると、怒濤のごとくクレームが書き込まれています。確かに有料版を使っている人や、ココログを事業に結びつけて利用している方にしたらたまったものではないのでしょう。ただ、それほど重要なら安いココログなど使わずに、自分でサーバー立てて、自分で管理してればいいんじゃない?

昨晩から調子悪くなって、朝には直っているだろうと思ったけど、今日の夕方までかかったんですね。これは確かに長いかもしれないけど、夜通し作業をしてのことだろうから、一言「お疲れさま」と言ってあげたいものです。
システム障害って、100%あり得ないように運用するのって難しいですよね。もちろん、無いようにするのが仕事だろうけど、人間がする事に完璧というのはあり得ないでしょう。もちろん、だから不具合があっても良いと言うのではありません。

いつものように話はそれるかもしれないけど...友達の先輩で、会社の備品を質に入れてパチンコをしていたという人がいたそうです。その事実がわかっても、会社はこの先輩を雇い続けようとしましたが、その先輩は姿を消して出勤してこなくなったので、懲戒免職になったそうです。それでも、会社はこの人を告訴する事無く、内々で終わらせたようです。

初めてこの話を聞いたときは「あまい会社だなぁ」と思いました。しかし、知り合いの社長さんにこの話をすると、社長さんは「良い会社だ」と言っていました。その時は何が良い会社なのかわかりませんでしたが、最近はなんとなくわかるような気がしてきます。
人を蹴落として人の悲しみの上に財を築く人達を成功者と呼ぶ昨今の世に、「許す」ことを実践している企業があるってすごい事だと思います。これを「あまい」と考えていた僕は、やっぱり世の中の嘘に汚染されていたのかな。

閑話休題。
今回の一件について、「金返せ」と返金を要求している人がいるけど、1日分の返金をしてもらって嬉しいのかな。謝ってるんだから、「次からはもっと気をつけてね」というくらいの心の余裕があってもいいのではないですか?

まぁ、非難するコメントと同じくらい応援コメントがあるあたりが、老舗であることの証なのかなと思ったりもします。とりあえず@niftyさん、これからも頑張って下さい。

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2006/03/09

世界がどんどん不仲になる...

イランの核開発問題。
日中のガス田開発問題。

ニュースを見ると仲の悪いニュースばかりで、大きな国が自国の利益のために戦争を始めてから、もしかするとその前からかもしれませんが、世界中がどんどん荒んでいるような気がしてなりません。先日読んだ「実践経営哲学」という本にもありましたが、力を持った者はその力に比例する謙虚さを持たなければなりません。そうしないと弱肉強食で、秩序の無い世の中になるだけです。
しかし、みんな手にした権力を最大限に使って自分の利益を得る事に必死になっています。

お互いがお互いを思いやり、助け合うのが人の正しい姿じゃないの?
税金だの基金だのと他人から集めているお金を自分たちで浪費したり、地球に生きる全ての生き物の共有財産である自然を先進国が縦横無尽に壊し続けていたり、目先の感情で無関係な人の人生を終わらせたり...思いやりや優しさなんてかけらも感じる事ができないじゃないですか。

僕たち人間が追い求めている「人間らしさ」って一体なんなんだ。

杞憂かもしれません。ですが、将来、我が子が戦争に巻き込まれるような事になるのではないかと心配になってきます。ネット上には、理不尽な事を言う国を名指しして「戦争だ!」と軽率に書き込む愚か者がたくさんいますが、戦争になれば今のような生活ができなくなるということには思いが及ばないのでしょうか。
ゲームではないのですよ。リセットボタンを押せば、もう一度全てが振り出しに戻るようなことはあり得ないのです。

学校の先生は、一体どんな歴史を学校で教えているんですか?
戦争の話を聞いて、「僕も参加したい」などと考える輩がどうして生まれるのか。

学校の先生は、一体どんな道徳を学校で教えているんですか?
困っている人の話を聞いて、「俺には関係ない」などと考える輩がどうして生まれるのか。

公式ややり方をだけを覚える勉強は、子供が銃を手にしているのと同じです。何故そうなるのか、何がそこで重要なのかをきちんと理解できないのなら、逆に教えない方がいいのではないかと思ってしまいます。もちろん極論過ぎるのはわかりますが、教える技量を持った先生が十分にいないのだから、この状況が改善されるとはちょっと考えにくいですよね。

僕たちははき違えた自由を、いつまで本物の自由だと勘違いしているんだろう。何十年も前に、多くの日本人が知っていたはずなのに、どうしてそれを後世に伝える努力を怠ったのだろう。

僕の杞憂が杞憂で終わる事を切に望むばかりです。また、望むばかりではなく、何かしなくてはならないのかもしれません。

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2006/03/08

Origami Project

origami_1もうずいぶん前からIT系ニュースサイトでたくさん紹介されているMSの新企画です。いくつかのサイトを見て回ってみると画像が出回っていて(参考URL...画像を勝手に使わせてもらっています)、僕はこれにとても期待しています。

Origami Project

Amityネタでも言っていますが、僕は小さいPCが好きです。もちろん絵を描いたり、プログラミングをする時には画面は大きい方がいいのですが、それはその為のPCを用意したり、外部ディスプレイに接続すれば事足りると思うし、小さいPCと通常のPCに同じ利用法を求める必要はないと考えています。

PDAの購入を考えた事もあり、店頭に並んでいるものや友人の持っているものを試させてもらったりしましたが、いまいち機能不足を感じずにはいられませんでした。しかし、これはWindowsXPがきちんと動くみたいで、こんなサイズでペン入力ができるフルスペックPCはとても魅力的です。タブレットPCは大きすぎたんですよね。あれを持ってペン入力するのは不自然でした。

とにかく明日には、もう少し詳細が明らかになるみたい。ちょっと楽しみです。

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2006/03/06

実践経営哲学

060306-0149松下幸之助氏の著書です。

5年近く前に再販されたようですが、僕が手にしたのは昭和53年に発行された古いものでした。とても味のある表紙で、これまた古本屋で見つけたら「買いなさい」という天からの啓示を受け、購入して読んでみました。

内容は全ての部分に価値があると感じました。タイトルは経営に関するもののような書き方ですが、これは生き方の指南書と言っても過言ではないと思いました。生きるということも人生の経営だという視点で見れば、それを如何にすばらしく価値あるものにするかという助言が満ちています。

偉そうな言葉になるかもしれませんが、書かれていることはいずれも極めて当たり前の事です。
僕たちが正しい道徳観を持って、向上心とともに日々を送っていれば誰でも感じるような内容が書かれています。ただ、感じる事と実践できると言う事は違います。僕も口ではいろいろと偉そうな事を言いますが、実際にどうなんだと問われると言葉に詰まる毎日を送っているので、ここに書かれている文章を読むとちょっと叱られているような気分になりました。

この本の読者として最適なのは、これから社会に入ろうとする若者達ではないでしょうか。上述したように、社会人として当たり前の事しか書いてありませんので、これから社会の一員として責任を負う若い人達が読むと、とてもためになると思いました。

もし、この本を経営者が読んで勉強しなくてはならないのであれば、その会社の行く末が心配になります。

しかし、本当に若い人達向けかと言うとそうでは無いかもしれません。齢だけ重ねた体の大きな子供の多い現代に於いて、読まなければならない人はたくさんいるような気もします。多分、僕もその一人だったと思います。また、最近のニュースを見ると、読まなければならない経営者がたくさんいるような気もします。

それほど分厚い本ではありませんし、タイトルほど内容は堅苦しくありません(とは言え、漫画しか読んだ事無い人には難しいかも...)。良書です。読んだ事が無い人は、誰であれ読んでみる事をお薦めします。

最後に、僕の気に入った一文を要約して紹介すると、

「碁は一万回うてば初段くらいの強さになれる。だから素直な心になりたいという気持ちで毎日を過ごせば、一万日=三十年で素直な心の初段にはなれるのではないか」

というのがありました(要約と書きましたが、ほぼ原文そのままになってます...)。
僕は今年で31歳。素直な心の初段への遠い道のりを感じずにはいられません。まだまだ苦悩と葛藤の日々が続きそうです。

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2006/03/05

4月から大学1年生

060305-08292年間資格試験漬けの日々を送って感じたのは、自分で勉強をしようとすると好きな事しか学ばなくなってしまうということでした。同じ分野ばかりということではなく、新しいことにも手を出したりしますが、それにしても何か偏ってしまう感じを否めません。
そこで、より広く知識を得るため放送大学を利用する事にしました。初めは科目履修生というのも考えましたが、僕は高校までしか卒業していなかったので、この際だからと全科履修生として入学する事にしました。

放送大学について、もともと興味はあったのですがなかなか足を踏み出す事ができない日々が続いている時、職場で知り合ったハセテック・サービスの長谷川さんとお話をさせて頂いた時に決心しました。同氏の勧めもあり、他の通信制大学を見てみてみたのですが、放送大学に決めました。一番の要因はコスト、次の要因はスカパーのアンテナとチューナーを持っている事です(ちなみに、CATVでもテレビ放送は見る事ができます)。

今年で31歳になり子供は3人、扶養家族が合計5人いて仕事もある僕が、また勉強したいと考えてそこに勉強する機会があるというのは良い事だと思いました。ただ資格取得も同じなのですが、やはり知識はそれを具現化・実践させて初めて価値が出るものだと思います。そういう意味で、働きながら勉強するというのは実践させる機会が学生より多い分、利点が多いように感じています。

先日記事に書いた「数年後に晴れ晴れとした気持ちで読み返す」を実現させるための第一歩です。

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2006/03/04

土曜日テニスの新年会

天気の良い土曜日に、職場の駐車場脇にあるテニスコートでテニスをしています。そろそろ寒さも小康状態を過ぎ、暖かい日が続くので、中断していたテニスを再開しようと思っています。

最後にテニスをしたのが去年の11月最終週だったので、それからもう3ヶ月もテニスをしていません。そろそろ体重も増えてきて、運動をしなくてはいけないなと感じているので、テニスを再開するのが待ち遠しくてしかたがありません。

ということで、再開を前に一緒にテニスをしているメンバーと、ちょっと遅い新年会をしてきました。去年の忘年会と同じ場所でメンバーもほぼ同じ。僕は最近、あまり飲みに行かないので、とても楽しくわいわい話をしながら過ごしました。

ただ最近、いつも人と話をした後に反省するのですが、僕はちょっと話し過ぎです。
特に、ブログや報告書などで文章を書く機会が多くなってから、話のストックが以前に比べて圧倒的に増えために話し始めると止まりません。
そしていつも、帰る頃になってから反省するというパターンが続いています。

話し始めると頭がフル稼働して、「話をしながら次に何を話すのか考える」ということを繰り返し、結局自分の話をしてばかり。アドレナリンでも大量に分泌されていたのだろうか?...今思い返してみると、「楽しかったのは僕だけだったりしないかな」とか「あの人はつまらなそうな顔をしてたような気がする」などという自責の念でいっぱいになります。

ものの本によると、「頭のいい人は黙っている事でより頭が良く見え、頭の悪い人はしゃべる事でその無知をさらけ出す」という言葉があります。僕の事かな。自分の知識が如何に浅はかで、自分には如何に思慮が欠けているかを実感しています。黙りすぎるのも良くないけど、しゃべりすぎるのも良くない。過ぎたるは及ばざるがごとしですよね。

こんな僕だけど、きちんと相手にしてくれる職場の人達や友人達に感謝する毎日です。

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2006/03/03

Objective-C

去年、MacのCocoaアプリケーションを作成するため、Xcodeを使って色々ためしてみたのですが、いまいち理解できずに挫折してました。参考書を1冊買って一通り読んでは見たのですが、新しいアプリケーションを作成するのは結構楽にできそうです。しかし、既にある環境との融合には幾分知識が必要ですね。

何をしたかったかと言うと、スペクトラムアナライザーでIQTを保存したファイルを読込んで、そのデータをFFTで加工してデータの解析を行うことでした。しかしこのファイル形式が厄介で、ASCIIテキストベースのヘッダーとバイナリーのデータが入っていて、これをCocoaのクラスを使ってどう読込んでいいかが全然わかりませんでした。
その後、いったん純粋にCのみでコアの部分を作ってみて、なんとか動作させることができたので、もう一度Objective-CのCocoaアプリケーションに挑戦してます。

とりあえずCで作った部分があるので、それをそのままコピーしても動作するのですが、それでは面白くないので、NSStringとかNSDataとかを使ってデータの読込みにチャレンジしてみました(人によってはこれを「無駄」と呼ぶようです...)。
いくつかの警告はあるもののビルドは成功し、それなりに動作しているように見えるのですが、これがなかなかうまく行かない。実際にファイルを読込ませてみるとエラーで強制終了させられてしまいます。というわけで、ヘッダー情報を読込むだけで何日もかかってしまいました。

Xcodeって膨大なマニュアルが付属していて(ただし英語)、しかもとても検索しやすいので情報収集には苦労しません。しかし、開発環境にコードの補完機能がないので、初心者には敷居が高いなぁという印象を受けます。
しかもC言語の知識は必須で、クラスがそれほど便利であいまいに何でも考えてくれるというわけではなく、ちょっと気に入らないことをすれば、強制終了させられてしまいます。Liteweight Languageやマクロ用言語をやりすぎたせいか、厳密な仕様の言語に触れると苦しいものを感じます。
また、C言語ならそれなりにわかっているつもりでしたが、改めてみるとずいぶんいい加減な知識だったと思い知らされました。

今はファイルのヘッダー情報を読込めるようになり、それなりに要領をつかんできたような気がします。
しかし全然本質の部分はできていないので、進捗状況を例えて言えば「出かけるので布団から出た」ような状態です。今月中には完成させるつもりではいるけど、できるかな?

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2006/03/02

Webページのデザイン

無駄に複数のホームページを運営している事は以前にもこのブログで触れたように、これまでいくつもページを作ってきました。素人ながらにCSSや画像を駆使して色々と綺麗に見せる方法を考えながら作ってきたものです。

ところが、最近Macを使うようになってからデザインをするという作業に多少の支障が発生しています。
デザインするならMacという一般的に言われているのは、使ってみると納得できます。確かにWindowsでも同じソフトがあるので、どちらでデザインしても大差ないだろうと僕も思っていましたが、使ってみるとその違いを実感できます。とにかくMacを使っていると綺麗に見えます。フォントや画像のアンチエイリアスが絶妙で、Windowsと同じソフトを使っていても全く違った印象を受けます。

じゃぁ、何が問題なのかというと、Macでデザインして、Macで確認しながら作ったページをWindowsで見るととても汚いのです。全然狙った通りになってません。詳しく見てみると、実はそれほど狂っているわけではありませんが、細かい部分の違いが積み重なって、ページ全体で見てみると許容し難い印象を受けます。
では、Windowsを使って、Windowsに合わせてページを作ってMacで確認すると、Windowsの数倍綺麗です。結局、Windowsに戻ってページの確認をすることができません。

世の中の9割近い人がWindows+IEでWebを見ている現状で、これを無視する事ができないことはよくわかりますが、Macを使ってからというもの、Windowsを使う気が日に日に失せてきます。

ということで、Mac最高!と言った後に冷静に考えてみると、やっぱりどちらで見ても綺麗に見せるのがプロなのでしょう。きちんと考えられたデザインってすばらしいですね。

ちなみに、昔ホームページを作ってあげたある団体が、ページのデザインを一新されていました。どれどれと見に行ってみると、Safariでは動かないJavaScriptを使ってページ遷移を行っているではないですか。FireFoxでも...動かなーい。Mac+Safariのみというのは大問題だけど、Windows+IEのみをターゲットにしたページってのもどうかなと思います。

とりとめの無い話で論点が定まらないままですが、ページをデザインするときは色々な環境で動作確認しないとだめですねと言いたいだけでした。

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2006/03/01

NEXT WISE

IT技術系のフリーペーパーで、先日のjus関西UNIX勉強会に参加した時に初めて知りました。
大した知識も無いのに、不遜にも質疑応答でべらべらと語っていると、そこに同じく参加されていたまいパパさんから紹介して頂きました。

僕はPCやプログラミングについて99%独学なので、ソフトウェアやハードウェアの現状や通説に詳しくありません。PHPとPostgreSQLで簡単な業務管理システムは作りましたが、これにしても手持ちのRedhatLinuxをインストールして使えるものを使っただけで、選定理由などは持ち合わせていません。もしかすると今の使い方はとてもおかしなことをしているかもしれません。

本屋に行っても、自然と手に取る本は自分の得意なものや興味のあるものに偏ってしまうので、なかなか一般的な知識を身につける事ができず、難しく感じています。特に住んでいるところが田舎なので、本屋に行っても十分な量の書籍を手に入れる事ができないのも事実で、先日大阪に行った時にふらりと立ち寄った書店の品揃えに感動してしまいました。

何が言いたいかというと、このフリーペーパーのように多様な視点から実例を紹介している本がとても欲しいと感じていた時期だったので、今の僕にぴったりだと思いました。「水を得た魚」といった感じで、帰りの電車の中で熟読させて頂きました。

家に帰ってから、Xbox360が当たるという抽選の応募と一緒に数冊の定期購読を申し込んでおきました。
身の回りにいる欲しがりそうな人に配ってみたり、会社の入り口にあるちらしの入った棚に一緒に置いてもらうよう話してみようと思います。

NEXT WISE

* URLが変更になったので修正(2006/5/12)

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