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2006/02/02

僕たちは本当に進化しているのか

最近、企業では手順書を作成してそれに従って仕事をする流れがある。
もちろん良い面と悪い面の両方があって、画一的な仕事が可能となり仕事の質を向上させることにつながるということもあれば、手順書を鵜呑みに仕事をするばかりで技術的な背景を考えない従業員が増えて逆に仕事の質が落ちるということもある。しかし、どちらかと言うと後者の方が目立つようになっている。
それらの手順書を作る人は多くの知識を持っていないと作れない。しかし、それを利用するだけの人は必要最低限の知識、もしくは字が読めてそれに従って行動できるだけでいいというものもある。危機感の無い人は、紙に書いてある通り行動する事を自分の仕事だと信じる。また、企業の中には手順書通りやっていれば、失敗しても非としないというところもある。僕も会社に入ってから、間違っていると思う仕事のやり方を指摘すると、上司から「それを考えるのはお前の仕事じゃない。書いてある通りにしてれば面倒がないんだ」と指導を受けました。この考え方も間違っている。責任を負わなければいいの?
つまり手順書だけではだめなのだ。

一般の人たちはどうなのか。
家に帰ってスイッチを押せば明かりが付き、スイッチを押せば食べ物が温かくなり、スイッチを押せば部屋が暖かくも涼しくもなる。水道から水が出て、冷蔵庫にいれておけば長く食べ物を保つ事ができる。
その技術的背景など気にする事も無い。そういう技術的背景を利用者に感じさせないのが良いという意見も良く聞きますが、本当でしょうか。その結果、これらはごく自然な事と考えられるようになり、電気を節約するという理由の第一がお金であって、自然環境の事は二の次になっています。
また、技術的な事に関心を持つ人間も減り、理数離れなども問題になっている。

先進国の人間は、地球上の生き物であって生き物ではないという感じである。
「子孫を作る」という生き物として極当然のことでさえ、「今の生活を捨てたくない」という理由から拒む人もいたりする。人が死なないためには、他の動物を犠牲にするのを厭わない。自分が得をすれば人が困っても関係ない。果てには、自国が儲かるためには、他国の人が死ぬのも厭わない。無用な殺生をしないという当たり前のことも「必要悪」などという言葉で正当化する。

例えが大げさになりすぎるかもしれないけど、良く言われるように人間は地球にとって癌と同じです。癌細胞が本体を殺して自分も死滅するように、人も地球を殺して死滅するのだろうか。

人間にとっての進化とは何か、それは本当に良い事なのか。定義をよく見直してみる必要があるように感じます。

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コメント

おっしゃるとおりです。でもなかなか難しい問題ですよね。ポイントはおそらく人間としての役割です。

しのぶさんが思う人間の役割ってなんだと思います?もしくはこうありたいというビジョンとか。

投稿: K2nd | 2006/02/02 19:34

コメントありがとうございます、K2ndさん。
確かに難しいですよね。僕も答えを知っているとは口が裂けても言えないのですが、考えながら行動している人が異常に少ないのが問題だと考えています。
専門家と言われる人たちでさえ、複雑になりすぎた技術革新についてゆけずに手順書に右倣えの時代になってしまい、一般の人はなおさら無関心となっている現状は危ういです。考えるからこそ答えが出るのであって、思考を止めて提供される物に身を任せることしかできない人類となってしまうと、後には滅亡しかないのかなと思っています。

ちょっと言いたい事が錯綜してしまい、本文は的を得ない内容になったと反省しているので、後で多少内容を整理する予定です。

投稿: きむらしのぶ | 2006/02/03 07:26

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