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2005/12/25

クリスマス

今日は25日の日曜日。教会にとってはとても都合の日だったのではないでしょうか。
かみさんの通っている教会でも、礼拝の後にパーティーがありました。その教会に通う人たちが作った豪華なごちそうに、出し物(歌やマジックショー)でとても楽しませてもらいました。

皆さんはどのようにクリスマスの日を過ごされましたか?

最近は個人主義が過剰に進みすぎて、自分から行動を起こさないと集団の中に入るのはとても難しくなってきました。また、社会的に過剰すぎる個人主義が定着してしまったため、集団の中に入る事を面倒だと感じる人も増えています。

「人は一人では生きられない」

これは様々なところで聞く事のできる言葉ですが、僕もその通りだと思います。人はいつでも考える生き物です。内容は種々多様ではありますが、とにかく考える事をやめる事はほとんどないはずです。そして考える事で、成長するのだと思います。
しかし、一人で長くいすぎると考えない時間が増えます。他の人と情報の交換をせず、特定の人や媒体からのみ情報の提供を受けるような状況が続くと何が正しくて、何が間違っているのかを判断しづらくなってきます。

テレビ、ゲーム、雑誌と簡単におもしろおかしく情報を手に入れる媒体があります。しかし、これらのものの多くは正確な情報を伝える事を主としないものが多くあります。需要に応える事を主とし、正しいか否かよりも人が興味を持つか否かを気にしながら、またそれらに興味を持たせるよう情報を操作しながら提供されています。そして、人のほとんどが自分の好む媒体からのみ情報を得ようとします。

僕はこれを正しい情報源として認めていないのですが、そうでない人はたくさんいるようで、「誰かが持っているものと同じ服を持つ事」や「最近の流行についていく事」に躍起になっている人ばかりが目につきます。
そして、何も考えずにそのような情報を鵜呑みにしていると、何が正しくて何が間違っているのかも考えなくなります。つまり判断することなく、提供された情報にただついていくだけの人になってしまうのです。
すると、過去の悲劇が繰り返されるような時代がまたやってきます。

人を殺す事は良くないということは誰でも知っていたはずですが、ある媒体ではその行為は賛美され、大量虐殺の実験場となる戦争を美化するようなものも多くあります。

何の権力も無い両親から、馬小屋の飼い葉桶に産み落とされた一人の子供が、大きくなって人々に教えた「愛」は自分の好きな人だけを大切にするという事ではないはずです。人と交わり、他の人のために出来る事を考え、行動する人がもっと増えてもらいたいと願っていたのではないかと思います。
教会に行くことをお勧めするわけではありません。ですがクリスマスを祝うのであれば、恋人同士で過ごすために使うお金の一部を募金したり、ボランティアに参加したりしてみてはどうでしょうか。多分、好きな人だけとただ過ごすより充実した日を過ごす事ができるのではないかと思います。

しかし、キリスト教の信者しか大統領になれない米国は、一部の人の利益のために他国で虐殺を繰り返し、わがままばかり言っています。日本の米国万歳は見ていて悲しくなりますが、この愚かな行為まで真似しないで欲しいと願うのみです。

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