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2005/11/28

過ちに気付く

人間は多くの過ちを犯します。やってしまった後、直後に気が付くことが多いように感じるかもしれません。しかし、中にはそれが人生の岐路だと気付かないまま、間違った方向に足を踏み出し、そしてそれに気が付かないまま一生を終える事もあります。

何十年も経ってから、「あの時のあの選択は、もしかしたら...」と気が付く事もあります。
僕は、高校時代の過ちに今日気が付きました。

僕が工業高校を卒業する頃はバブル末期で、まだ卒業生より求人が多く、就職に困るような事はありませんでした。そして、僕はあまり成績が悪い方ではなかったので、成績順に希望を出せるシステムの中で自由に会社を選ぶ権利がありました。そこで、自分の進む道をある程度決めていたのですが、不幸にも若気の至りで最初に決めていた所をやめてしまったのです。

再度考え直した時には、売れ残りしか無くなっていました。そこで、先生の知り合いのコネを使って今の会社に入れるようにお願いをしてもらって入ったのです。入社後は、コネを使った事を知っている人から、ひどい扱いを受けましたが、これはまぁ自分の自業自得だと思って我慢したのですが、僕の入った会社は讒言と噂話が人を左右するところだとわかった時には、肩の荷が重すぎて、もうどこへも引き返せなくなっていました。

そして、ふと高校時代に思いを馳せてみると、そこには夢と希望に満ちた僕に負けないどころかそれ以上の夢と実力を持った人たちが多かったことを思い出しました。
毎晩、意見を交わしながら思い描く将来像をどうやって実現させるか、今自分に足りない物は何かを探求し、それを克服していたのです。

僕の会社にもすばらしい人がいます。しかし、大半の人たちは与えられた仕事をこなすことに満足し、余力をパチンコや放蕩で浪費し、小さな経験に基づく現実論の剣で他人の夢を切り裂いてばかり。その剣を浴びながら、いつの日にか僕も夢を失っていました。自分の将来像は曇り、輝く事も無く、いつの頃からか夢を実現させるということに思いを巡らせる事も無くなりました。
知人の立身出世話を聞いては「知り合い」であることを誇る毎日。
そして、一番嫌悪感を感じるのは、これまでの人生に満足していると自分自身を納得させるよう努力している自分です。

ずいぶん年をとりました。どうせなら、もう気が付かない方が良かったかもしれません。でも、気付いてしまったら言い訳などできません。
先日ブログに書いた「きむらプロデューサー」は、早速行動を開始しています。自分の得意分野ではありませんが、まずは出来る事からこつこつとやるしかありません。

僕の過ちは「夢を実現するために、今出来る事」を考えなくなってしまった事です。
まさにこのブログのタイトル、「明日のために今日出来る事。」を忘れてしまっていた事に、今日気が付きました。

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コメント

いつであったとしても、過ちに気づけば、直すことができます。気づかない幸せもあるかもしれませんが、やっぱり気づく方が良いのではないでしょうか?
気づいて、行動を起こさないと後悔になってしまうかもしれませんが、私は、それも後で役に立てば良いと考えるようにしてますよ。

投稿: ichiro | 2005/11/29 12:42

ichiroさん、コメントありがとうございます。
確かに、気付いてよかったと思います。また、何か生きる張り合いみたいなものが芽生えてきたような気がします。
「告白しないで後悔するより、告白して振られた方がいい」といった気持ちでこれからの人生を頑張って行きたいです。

投稿: きむらしのぶ | 2005/11/29 21:42

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