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2005/10/24

感謝すること

僕は人に何かしてもらったら、必ず「ありがとう」または「ありがとうございます」と言います。でも、それを聞いた人は「心が入って無く、事務的な感謝」だと感じるらしいのです。
昔、仕事中に先輩から「ほんとは感謝してないでしょ」と指摘された事があるほどでした。今も当時とそれほど変わってないので、多分同じだろうと思います。

そこで、感謝することについて考えてみました。

確かに僕はあまり感謝しないのかもしれません。普段から「人のためになること」を極力考えながら行動しているつもりですが、実は「ありがた迷惑」なのかもしれないのに、自分の中に「やってあげている」という慢心が生まれているような気もします。そんな状態で誰かに何かをしてもらっても、「してもらって当然」だなどという考えが心の奥にあるから、心の無い感謝の言葉になって口から出てくるのではないでしょうか。

自分が人にしてあげた時の事を考えてみます。
良かれと思ってやってあげても特に感謝の意を表してもらえるわけでもなく、困っているのを助けてあげても立場が変わって僕が困っている時には助けてもらえなかったりすることが多々あります。
また、普段あまり仲の良くない人に何かしてあげるというのは非常に「努力と根性」を要するもので、僕は滅多にすることがありません。それほどの勇気を振り絞ってしてあげても、無下に扱われると、言い知れぬ悪意が芽生えてきりします。

しかし、相手には僕の気持ちの全てが伝わるわけも無く、自分もまた相手の気持ちを全て理解しているわけではないのです。
実は普段何気なくしてもらっていることが、相手にとってとても大変なことかもしれません。
実は普段一生懸命してあげていることが、相手にとって取るに足りないことかもしれません。
それなのに、「感謝されない」とか「お礼が無い」とか言って、腹を立てる自分を振り返ってみると、恥ずかしさがこみ上げてきます。

「心から感謝すること」を実践するためには、まず「相手の事を考える」という基本から考えないとだめですね。それができていなかった僕の行動は、人からの感謝に値しなかったのかもしれません。

そう言えば、普段あまりお礼を言わない人が、本当に困った時に一生懸命助けてくれたことがありました。お礼の仕方も千差万別、みんな「自分が相手のためになれる時」を良く考えているだけかもしれず、そっちの方が「がむしゃらに押し付ける親切」なんかよりよっぽど良いのかなと思ったりします。

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コメント

「ありがとう」の感謝の気持ちは本当に大切ですよね。身内に何かをしてもらった時に「ありがとう」と感謝をしていても、身内から必要以上に、これだけの事をしてあげている・・・と言う言われ方をすると、感謝の気持ちが薄れてきます。だんだん、その身内には頼みごとをしなくなって、甘える事はなくなりました。そこから学んだ事は、自分が誰かに何かをしても、決して見返りを求めず、誰かの為に・・・しているのではなく、自分自身の為にしている。と思う様になりました。「ありがとう」と言われなくてもいい。そんな時の「ありがとう」は私にとっての喜びは大きいです。

投稿: 0306 | 2005/10/24 10:55

おはようございます、0306さん。
押し付けられるような親切は、やっぱり複雑な気持ちになりますよね。
してあげる側も、してもらう側も相手の気持ちを考えるというのは、重要なんだと思います。
一方的に、「してもらったらうれしいはずだ」と決めつけて、後で「してあげたんだ」という態度をとるのは良くないですよね。僕も気をつけるようにします。

投稿: きむらしのぶ | 2005/10/25 06:32

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