« 2005年9月 | トップページ | 2005年11月 »

2005年10月の22件の記事

2005/10/31

健康と病

悲しい事に、身の回りの人たちの多くが重い病に冒されています。
病気になると、本人はもちろんの事、その家族にも大きな精神的負担がのしかかってきます。去年、叔父を亡くしてから本当にあっという間に多くの大切な人がいなくなりました。そして、いなくなってから如何に大切な人たちであったかということを、改めて思い知る毎日です。

また、病気にかかった人たちを見ていると、健康な人たちも、自分の健康が空気のようなものではなく、これを維持するための努力をする必要があるのだと感じています。
そのためには、おいしくても健康に悪い物は口にしない、面倒でも毎日いくらか運動をすることに加えて、人は心の強さで病気を防ぐ事ができるので、一日一善というのも大切かもしれません。

家族、仕事、健康、平和。いずれも持っている人にとっては当たり前の事ですが、だんだん持っている人が減ってきて、当たり前と感じる人が少なくなってきているような気がします。
人も病にかかりますが、世の中もだんだん病んできていて、地球もまた病気にかかっています。だから、自分の健康を守るために、自分だけのために行動したのでは、やっぱり病気にかかってしまうのだろうと言えるのではないでしょうか。

「良い食事」、「運動」、「一日一善」を健康のために。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/10/30

ミュシャ展

051030-1135帰省した大きな目的が終わり、せっかくなので残った1日を自分の為に使いました。

県立美術館で「ミュシャ展」があったので、家族全員で行ってきました。とっても日本人好みな作風なので、かなり知名度が高いと思います。
本で見るのとは違い、大きな作品にはすごい力があり、見ていると何か自分にも力が伝わってくるようでした。
高校生の頃、イラストレーターになりたいと思いながら昼夜をお絵描きに費やしていたのですが、すばらしい作品に触れるとなぜ僕が夢を達成できずに今の仕事をしているのかを思い知らされます。

途中から子供は飽きてしまい「帰る」を連発していましたが、かみさんは楽しかったようで、2時間近く鑑賞していました。帰りに、数枚のポストカードと小さなポスターを1枚買って帰りました。リトグラフなので、複製品が多く展示販売されていましたが、小さな物でも8万、大きな物は35万くらいしていました。また、存命中の印刷物は270万もの値段がついていて、こちらも合わせて鑑賞して帰りました。

今住んでいるところはあまり芸術と縁がなく、こういう機会があまりないので、とても楽しい時間を過ごせました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/10/29

一周忌

本当に1年なんてあっという間でした。

この1年間に、僕の知らなかった弟の事をたくさん見聞きしました。そして、僕が人の判断や評価をする時、いかにその人の一面しかみていなかったかということをつくづく思い知らされました。
家ではあまり笑う事も無く、いつも自分を誇示しようと虚勢を張り、暴力的で、偉そうに説教ばかりする弟は外に出ると一変し、いつも笑顔で、他人と協調しながら場の雰囲気を盛り上げるよう心がけ、周囲に困っている人がいれば共に悩み、友人を大切にする人だったようです。

両方とも同じ人物とは思えないほど、かけ離れた存在のような気もしますが、今では両方とも弟の姿だったのだろうと素直に受け入れるようになってきました。むしろ、弟には、それ以外にもまだいくつか顔があったのではないかと思われるほどです。

僕は、周囲にいる人をすぐに「良い」「悪い」で判断しがちです。いつも自分の天秤にかけ、意見が合うか合わないかを考え、損得勘定をしています。今は、この秤に乗せる錘が間違っていたのだと実感しています。この狂った錘でいったい何度誤った判断をしたのか数知れません。
この錘の間違いは、不平不満を生み、僕のこれまでの人生をつまらないものにしてきた大きな要因となっていたのでしょう。

弟の一周忌を迎え、改めて自分の錘を見直し、これまで弟がしてきたことや弟がしたかったことを考えるとともに、これから自分がしなくてはならないことを考え直さなくてはいけないと思いました。
弟は死後、本当に多くの事を僕に悟らせてくれました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/10/28

第二種電気工事士 免状再交付手続き

高校在学中に取った資格なのですが、今の会社では必要がなく「なくなるといけないから」という理由で両親が保管することになりました。そして、最近必要になるかもしれないので送って下さいとお願いをすると、紛失していることが判明しました。

そこで、ちょうど弟の一周忌で実家に帰省したので、再交付の手続きをしてきました。

まず、手続き方法はGoogleで「島根県 電気工事士 再交付」を検索すると、すぐ見つかりました。再交付に必要な書式をダウンロードすると、そこに必要なものが明記してあり、申請書と写真(4cmx3cm)、県収入証紙(2600円)とのこと。早速、ダウンロードした申請用紙に必要事項(住所、氏名、生年月日、免状番号、取得年月日、再交付申請理由)を記入し、写真をとって、証紙を買って、島根県庁へ行きました。

提出先は商工労働部産業振興課とのこと。

県庁に入るとすぐ、受付にいた美人のお姉さんが、親切に構内地図で行き先を案内してくれて、産業振興課に着くとこれまた美しいお姉さんが、書類を精査し、あっという間に手続き終了。
僕は福井県に住んでいるけど、再交付する免状は今の家まで送ってくれるらしい。よかった、よかった。

終わって帰る車の中で、ふと思う。そう言えば、本人確認してなかったぞ。免状持っている人になりすまし、写真と申請書持って行けば、自分の顔写真がついた免状が交付されてしまうのではないかな?
もちろん、そんな事をしても何の特にもならないから、する人はいないと思うけど、情報セキュリティーアドミニストレータ試験を受験してから、小さな事にいちいち引っかかるようになったと思います。これはいいことなのか、悪いことかはわからないけど、あの試験に出てくるような事故が起こる可能性は色々なところに溢れているなぁと実感させられます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/10/27

帰省中

弟の一周忌になったので、実家に戻っています。
昨日の午後に出発して、運転する事約8時間。子供も大人も疲れきっています。

去年も同じ日に実家へ帰りました。去年は途中の道が大雨による洪水に見舞われた直後だったため、散々な様子で、言葉にならないような状況だったのですが、1年が経過し、町もずいぶんと復旧されていました。しかし、未だに手つかずのお店やホテル等を見ると、関係者の方々の行方を案ぜずにはいられません。

弟が危ないという連絡を受けた時、「仕事の都合がつけば、早めに帰ってくれると助かる」みたいな言い方だったので、家に着くまでは弟の病状を楽観視していました。そして、家に帰ってふすまを開けて弟の容態に驚き、立っていられなかったのを思い出します。それから弟が亡くなるまでたったの32時間しかありませんでした。到着した時には既に会話の出来る状態ではなく、何の言葉も交わす事はありませんでしたが、なぜかその時を思い出すと話をしていたような錯覚をすることがあります。

あれから早1年。

弟の死を見る事で自分の死を考えるとともに、生きるということについてもまた考えさせられました。考えただけで、まだ答えは見つかりませんが、今思うのは、短い人生を私利私欲のために費やし、いがみ合いながら生きるよりは、お互いに人を愛し、子供や孫、その子供と末代まで平和が続くよう努力するのは生きている人間の義務だと感じています。

毎日、幾人かの人が殺されてるニュースを見ると、殺す人が悪いのはわかりますが、人を殺すような人を育てる社会を変える努力をしない世の中もまた同罪だと思えてしかたがありません。
今の世の中は「無理が通れば、道理が引っ込む」という諺そのものです。イラク戦争とか増税の話とか、根本にある問題点について話し合われる事はなく、その問題点に起因する問題を解決しようとするばかり。人を殺せば、復讐される事もあるでしょう。無駄遣いを続ければ、お金が無くなるのは当たり前でしょう。
こんな世の中を放置していて、僕の子供達が大きくなった時に平和は続いているのか心配になります。

今はまだ、何をしたらいいのかわかりませんし、自分のする事が正しいという自信もありません。しかし、こうしてブログで自分の考えをまとめることで、その答えが見つかるような気がしています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/10/26

我慢させることで、より大きな喜びを与える

僕の身の回りには裕福な人が多いようで、子供に色々なものを買い与えています。子供が欲しいというおやつはもちろんのこと、最近流行のアニメや特撮ヒーローのキャラクター商品、中には4歳にしてニンテンドーDSとかプレイステーション2とかを持っていたりします。
それらを購入してもらった子供は、もちろん喜んでいます。

しかし、これは本当に良い事なのかなと疑問を感じています。確かに、子供を幸福にしてあげるという意味で「欲しい物を与える」のは親としてしてあげたい事の一つではありますが、いつまでそれが続けられるのでしょうか。
子供のおもちゃは次第に高価な物へと移行して行くでしょう。そのうち親はそれを供給し続ける事ができなくなるけど、子供には「欲しい物が手に入らない」ということが理解できず、その頃にはそれを我慢することが出来なくなっています。これらは「キレる」という行動や我慢できなくて窃盗や犯罪を犯す原因につながると考えています。

子供が「欲しい」と言った商品を渡すときの子供の喜ぶ顔は、なんとも言えないくらい愛くるしく、それを見るのはうれしい事です。しかし、僕は子供にあまり物を買ってあげません。それは、「欲しいと言えば手に入る」という錯覚をさせず、それを手に入れるためにしなければならない工程とそれが本当にそれほど必要な物であるかを考えるということを教えるためだと思っています。

ある程度の犠牲を払ってやっと手に入れた物を大切にし、また新しい物を手に入れる時には自分の払う犠牲に対しそれほど価値がある物かを吟味する。これを小さな頃から教えておくことは重要なのではないでしょうか。
買ってあげた物が部屋に散らかったままで、片付けられる気配がなければ、叱り、時には廃棄します。

友達の家に遊びに行くと、子供はとてもうらやましそうな顔をします。それはそれでいいのです。その分、本当に必要だったり、自分が価値があると認めた物を手に入れた時のより大きな喜びを得る事ができるのだから。

これは僕たち大人にも言えるのではないでしょうか。今、自分のしたい事に溺れていないで、それを我慢し、しなくてはならない事を始めれば、その後ろに大きな喜びがあるのだと思います。
子供に教えながら、自分自身もその大きな喜びを得る努力を継続していきたいものです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/10/25

新しい事を覚える労力

僕は今の職場に来てからMacを使うようになりました。
初めて買ったPCはEPSON 486SEでDOSが動いていました。そこからWindows3.1になり、PCも買い替えたりしながらWindows95/98/Me/2000/XPと順当にバージョンアップしてきましたが、2003年に使っていたノートパソコンの調子が悪くなってから、ずっとMacです。
使い始めはWindowsとの操作方法の狭間で苦しんだりしていましたが、今では何とも思わなくなってきました。Macが優れているという意見もあるかもしれませんが、僕は「どっちも同じで、好みの問題」という風に感じています。また、職場の開発環境にはLinuxもあるのですが、GNOMEだって僕の用途には十分な機能を備えています。

開発で使用する言語は主にVBAとPHPだったのですが、用途に応じてVBやJAVA、C言語を使っています。
ところが、これに最近Objective-Cが加わってきました。せっかくMacを使っているのだからと思い、Cocoaアプリケーションでも作ろうかなという単純な動機でした。
ところが、他の言語で単純にできるようなことがCocoaではなかなかわからない。参考資料の少なさがその大きな原因なのでしょうが、僕の頭が老化してきて以前ほど吸収する力が無いというのも関係ないとは言い切れない。結局、自分のやっている事にそれほど価値を見いだせなくなってきて、他の言語を使う事になりそうです。
多くの環境を試して、多くの知識を身につけ、それをまた他の環境に反映してゆくという方法を繰り返してきましたが、そろそろ「新しい事を覚える労力」が苦痛になってきたのかもしれません。

でも、こんなことではいけません。チャレンジ精神を忘れずに、既知の事と新しい事の釣り合いを考え、必要であれば何にでもトライするという気持ちをいつまでも持っていたいものです。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2005/10/24

感謝すること

僕は人に何かしてもらったら、必ず「ありがとう」または「ありがとうございます」と言います。でも、それを聞いた人は「心が入って無く、事務的な感謝」だと感じるらしいのです。
昔、仕事中に先輩から「ほんとは感謝してないでしょ」と指摘された事があるほどでした。今も当時とそれほど変わってないので、多分同じだろうと思います。

そこで、感謝することについて考えてみました。

確かに僕はあまり感謝しないのかもしれません。普段から「人のためになること」を極力考えながら行動しているつもりですが、実は「ありがた迷惑」なのかもしれないのに、自分の中に「やってあげている」という慢心が生まれているような気もします。そんな状態で誰かに何かをしてもらっても、「してもらって当然」だなどという考えが心の奥にあるから、心の無い感謝の言葉になって口から出てくるのではないでしょうか。

自分が人にしてあげた時の事を考えてみます。
良かれと思ってやってあげても特に感謝の意を表してもらえるわけでもなく、困っているのを助けてあげても立場が変わって僕が困っている時には助けてもらえなかったりすることが多々あります。
また、普段あまり仲の良くない人に何かしてあげるというのは非常に「努力と根性」を要するもので、僕は滅多にすることがありません。それほどの勇気を振り絞ってしてあげても、無下に扱われると、言い知れぬ悪意が芽生えてきりします。

しかし、相手には僕の気持ちの全てが伝わるわけも無く、自分もまた相手の気持ちを全て理解しているわけではないのです。
実は普段何気なくしてもらっていることが、相手にとってとても大変なことかもしれません。
実は普段一生懸命してあげていることが、相手にとって取るに足りないことかもしれません。
それなのに、「感謝されない」とか「お礼が無い」とか言って、腹を立てる自分を振り返ってみると、恥ずかしさがこみ上げてきます。

「心から感謝すること」を実践するためには、まず「相手の事を考える」という基本から考えないとだめですね。それができていなかった僕の行動は、人からの感謝に値しなかったのかもしれません。

そう言えば、普段あまりお礼を言わない人が、本当に困った時に一生懸命助けてくれたことがありました。お礼の仕方も千差万別、みんな「自分が相手のためになれる時」を良く考えているだけかもしれず、そっちの方が「がむしゃらに押し付ける親切」なんかよりよっぽど良いのかなと思ったりします。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/10/21

祭り(資格試験)の後、祭り(資格試験)の前

先日の情報処理技術者の試験以降、全く気持ちがシャンとしません。
あまりに張りつめていたのでそのしわ寄せが来たのだと思うのですが、弛んだ弦をチューニングしてくれる人もなく、午後1による再びの不合格確定という解答速報との照会による結果から、立ち直る兆しが見えません。

昔から「試験」には一定の攻略法を見つけ、あまり落ちたことがありません。落ちるような試験は始めから受けないので、当然と言えば当然です。しかも、落ちたら興味を失うので、同じ試験を2度受けるということもありませんでした。しかし、この情報セキュリティアドミニストレータはどうしても欲しい資格で、去年落ちたからとあきらめる事ができず、今年もチャレンジをしたのです。自分としては、これまで無いくらい勉強したつもりだったのですが、不足していたのでしょう。

でも、この資格は目標ではあっても、目的ではありません。これに合格したらもう終わりというわけでもなく、セキュリティに関することは日々進歩し、それについていかないとまさしく飾りとしての資格になってしまいます。セキュリティに関わらず、技術に関する事はほとんど同じです。また、大げさに言うなら人生も然り。合格したら、また別の目標を立ててクリアする。
落ちた、合格したというのは有形の結果に過ぎず、大切なのはこの勉強により取得した知識を今後にどう活かすかであって、活用できて初めて有意義であったと判断でき、有効に作用して初めて評価されるべきものだと思います。

これから、自分の周囲を見直し、必要な判断を十分出来るよう、また頑張らなくてはなりません。

先日の試験が終われば、次回の試験が待っています。前後は無く、合格しようが落ちようが、ただ前を見て邁進するのみです。この試験が終わりでないということを思い出し、一日でも早くこの脱力感から抜け出さないといけない。無為に過ぎてゆく日々は帰ってこないのだから。
...と、自分に自分で説教しています。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2005/10/20

メールチェック病

僕はメーラーにThunderbirdを使っています。このメーラーは設定した時間毎に自動的にメールをチェックする機能があり、僕もその機能を有効にしています。設定値は10分となっているのですが、僕はそれよりも短い周期で何度も送受信を押してしまいます。
これは、まさに病気という感じ。
意識して行なっているわけではなく、作業が一段落する度にメーラーのウィンドウを選択して、送受信。一日のうちに何度送受信を行なうのか数えるのも恐ろしいほど...チェックしても来てない事がほとんどなんですけどね。

最近ではブラウザにRSSリーダーが装備され、記事が更新されると新着の記事数が表示されます。これもまた僕には良くないようで、更新されると気になってしょうがなく、ついついブラウザを開いてしまいます。また、記事が更新されても数値が更新されないことが何度かあったため、最近では更新されたという表示がなくても確認のためブラウザを開いてしまいます。

やらなくてはならない事は全然消化されていないのに、次から次へと垂れ流されている情報を閲覧するために時間を浪費してしまう日々が続いています。
メールは1日数回、時間を決めて送受信を行ない、ネットの巡回も回数を決めておかないとこれからも時間の浪費が続きそう。最近はネットに接続されていないと不安を感じる気もするので、ちょっとパソコンから距離を置いて生活してみることも大切かなと思い始めてくる今日この頃です。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005/10/18

査証の期間更新

かみさんの査証の期限が近づいてきて、更新の手続きを数日前に行ないましたので、本日期間の更新をしてもらいました。
またまた入国管理局へ行き、窓口でよろしくお願いしますと言ってパスポートと収入印紙、前回もらった通知書を渡して待つ事約10数分。新しい期間が書かれたシールをパスポートに貼付けてもらい、手続き終了。
思えば、初めて入国管理局へ行ったときは、何時間も待たされたあげく、「ご主人は外に出てて下さい」とか言われて、ずいぶんイライラしたものですが、これも慣れなのでしょうか、今ではほいほい手続きが進んでいきます。
来年早々にかみさんのお母さんも査証の更新があるので、年内には再び僕の在職証明書や戸籍謄本、住民票に医師の診断書を掻き集めないといけないです。他にも7月に生まれた娘の出生届を韓国領事館へ提出しに行ったり、かみさんの永住許可が下りればパスポートの変更にも行かないといけません。

面倒だなとは思いますが、社会勉強とでも考えるようにしています。こんな経験をしている人はそう多くないだろうから、この経験を何かに活かせないものかと思案しています。
今までのかみさんに要した手続きをまとめてみると、これから同じような手続きをしなくてはならない人の道標になるだろうとも思うので、ぼちぼちまとめる作業でも始めてみようかな...「予定」、あくまでも「予定」です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/10/16

情報セキュリティアドミニストレータ試験

051016-2026本日、受験してきました。
試験会場が遠いので、朝7時15分には家を出て駅に向かい、駅でパンとジュースを買って朝食を済ませました。
電車の次はバスに乗り換えて試験会場に行くのですが、そのバスがとても混んでいて、入社した時の通勤バスを思わせるほど。
ようやく試験会場について、時間が迫ってくると動悸が激しくなって、息苦しくなってきます。いつもは試験前のこの感覚を、何となく心地良く感じるのですが、今年は「不合格になれない」という思いからか、いくぶん重く感じられました。

午前の試験は、去年までと違い55問となっていて、5問増えてました。
とりあえず僕の回答を曝しておきます。
01 エアアアア イアアウア
11 エエイアア エエウアア
21 ウアアアア エエエアエ
31 アエアイア イエエアウ
41 アアアイア エアウアウ
51 エイウエエ
数日中にはインターネット上に回答速報が流れるだろうから、合ってるかどうかわかるので、興味のある人は僕の採点をして見てはいかがでしょうか。
回答速報サイト

午後1の試験で、ずいぶん衝撃を受けました。
過去問とは傾向が違っていて、やっぱり日々変わる分野の試験だなという印象です。ということで、回答するのに必死で、気がついたら時間が来てました。ここで、落ちたかも...

気を取り直して、午後2の試験を受けました。
2問中いずれかを選んで回答するのですが、簡単な方を選んでみたつもりです。すらすらと回答し、ずいぶん早く終わったので、2度ほど見直しをしました。それでも時間があまったので、何度見直しをしても結果は同じだろうから、受験番号を確認して早めに退出しました。しかし、過去問を問いている時、僕が「絶対これだ!」と思う回答はコトゴトク外れ、「どうかなぁ」と思うものは正解だったから、間違っているのでは...という意味不明な不安があります。

外へ出ると、すぐバスが来て、「タイミング良いなぁ」と思いながら家路に。

家に帰ると一気に脱力感がやってきました。ぐてーっとして何もする気になれず、発泡酒を飲みながら娘のパソコンにゲームバッドを接続し、ネットでゲームをダウンロードして遊んでました。
とりあえず、終わりましたが、明日からはまた仕事です。受験の為にとあまり本腰を入れていなかったところがあるので、またバリバリ頑張ろうと思います。忙しさで、今日の試験を忘れるくらいに...

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005/10/15

ファイナルファンタジーIV

明日は試験です。

先日購入したFFのDVDを見てから、とってもFFをしたいという衝動に駆られていたのですがなんとか我慢してきました。しかし、書店で目に飛び込んできた文字は「Mac版スーファミエミュ」...家に帰ってネットで調べると、あっという間に入手。昔作成したFF IVのROMデータを読み込ませてみると、完璧に動作。ちょこっと動作確認してたら...夜になってしまいました。

カインと一緒にミストの村に行って、リディアに会って、ローザを助けるために薬を取りに行く途中、テラと仲間になって...久しぶりにゲームをしてしまいました。続きが楽しみです。

とりあえず、夕方になってから受験票に貼る証明写真を撮りに行ってきて、行く準備は万端です。
明日が来るのが怖いですが、きちんと睡眠時間を取り、明朝は早起きして最終チェックをして試験に望みたいと思います。...最後の最後に一番大きな誘惑がやってきて、呑まれてしまいました。

参考サイト
Nekocan@mac

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/10/13

子育て = 親育て

あなたが同僚と世間話をしている時、上司があなたに「仕事をしろ」と言って来たとします。あなたは書類を作成し、承認印をもらいに上司のもとへ行くと、その上司がパソコンでスパイダーソリティアをしていたらどう思いますか?
子供に「テレビを見るのをやめて、早く寝なさい」と言って、自分たちはテレビを見ていたとしたら、子供はどう思うでしょう。

上司に「ゲームしてるんですか?」と聞くと、「上司だからいいの」と言われたら納得しますか?
この時、子供があなたの行為を非難したら「大人はいいの」と言いますか。

「子供はわからない」と考えている人がいたら大きな間違いです。理論的な思考や感情は5歳程度から始まるそうです。ということは、幼稚園に入っている頃から、ある程度納得できる理由がないと不満や疑問を感じているのです。
ということで、子供が小さな時から、親は子供に納得のいく説明ができないことをすべきではないということなのでしょう。親がわがままなら、子供も大人がわがままなのは当たり前だと考えるようになるので、子供が聞き分けが無いと感じるなら、親が聞き分けが無いのだと考えられます。

最近、育児について色々な問題を聞きますが、原因の一つに親自身のわがままがあるような気がします。子供の教育に悩んだら、自分を見つめ返してみてはいかがでしょうか。意外とたくさん自分と子供の共通点が見つかると思います。そして、自分のしつけができるようになった時、子供のしつけもできているかもしれません。

かく言う僕も、自分の子供を見ていると、自分の欠点を真似されているようで愉快ではありません。子供の人格を尊重しながら、自分の欠点も直していくと、つまり「子育て = 親育て」なのかなと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/10/11

PM-A900

EPSONの複合機を購入したので、早速使ってみました。

僕には小さなこだわりがあって、スキャナとプリンタはEPSON、デジカメは富士フィルムと決めています。
今持っているスキャナ(GT-6600US)とプリンタ(PM-760C)はもちろんEPSON製。ですが、場所を取るのと、ちょっと古くなってきていることから、買い替えを検討していました。
そこで、スキャナは最近使ってないので、後回しにするとして、プリンタを新調しようと思い、近所のパソコン屋さん(100不満ボルトではない)へ行ってみました。すると後継機種のPM-A950が出て、値下がりしたPM-A900があったので、即購入を決めてしまいました。価格.comでの最安値が29,000円程度に対し、28,000円程度だったのでかなりお得でした。

家に帰ってセットアップしてみると、これがなかなかいい感じ。念願のCD/DVDへの直接プリントもできて、ご満悦。スキャナも高解像度で、これからまたイラストを始めようかと思ってしまうほどです。
小さな液晶もついていて、デジカメのメディアから直接プリントも可能。しばらくは退屈しなさそう。

まさに「I Love EPSON」と思いきや、使わなくなったスキャナを娘のパソコンに接続して、EPSONのサイトからダウンロードしてきたドライバーをインストールしてびっくり。「Imageのためのインストーラを読み込めませんでした。」というエラーが出て、イメージングデバイスが全滅。娘は「パソコン使いたい」と後ろで文句を言うし、他のドライバーを試そうにも、エラーのせいで何ともできずイライラするし...結局、OSを入れ直してしまいました。

無事、全てのセットアップが終わってみると、ずいぶんと時間が経ってしまっていました。もう、何度も書いていますが、本当に誘惑や邪魔の多い月です。試験は今週末なのに...

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005/10/10

僕の絵空事 : 輪廻転生と天国と地獄

何気なくかみさんと雑談をしていて、「生まれ変わり」についての話が面白かったのでまとめてみます。別にどこかの宗教や本の受け売りではなく、経験やこれまで得た知識を基にしていますので、どこかで似たような意見を持っている人とかいれば、教えてもらいたいなとも思います。

輪廻転生というのは、仏教の考え方だったと思いますが、ここに時間と生まれ変わりの関係について空想してみました。かみさんの話では、親子というのは前世で仲の悪かった人が組み合わせられるものだとの事です。すると、死んですぐに生まれ変わるのなら、時間的なつながりから、うまく組み合わされることはないかもしれないという疑問があります。そこで、「生まれ変わりについて、時間の概念は無い」という前提を考えてみました。

「前世は遠い昔の人や未来の人というのもあり」とすると、前世で仲の悪かった兄弟や近所の人が、自分の子供や親かもしれないと考えてみます。僕は弟とは犬猿の仲で、会う度に喧嘩をしていたのですが、その弟は去年亡くなってしまいました。今思えば、別にどうということでも無い事がもとでの喧嘩ばかりで、そのほとんどが僕の理不尽な兄貴面によるやっかみが原因だったような気がします。
今更どうしようも無い事ですが、この生まれ変わりの話を当てはめてみると、実は弟の生きているうちに生まれた僕の娘達の誰かが弟の生まれ変わりだったりするかもしれないなどと思う事もできます。
弟の姿をしている時には、何もしてあげることができなかったのですが、こうして僕の娘として生まれてきているのなら、あの時できなかったことをいろいろしてあげたいと思います。相手が間違っていると決めつけたような言い方しかできない僕ですが、娘にはそういう言い方をせず、お互いをきちんとわかり合えるような関係を築けるよう努力したいです。

また、天国と地獄についても話をしてみました。昔から人間はどんどん生まれて、どんどん死んでいます。こんな状態では天国または地獄は人間で埋め尽くされてしまうのではないかという意見がでてきます。
そこで、僕が提唱するのは「魂の数は一定」という説です。魂の持ち主は人間だけとは限りません。今、人間が増えているのは、人間が自然環境を破壊することで、微小な生物や生き物を殺し、それらが人間として生まれ変わっているからだと考えてみます。
では、皆が天国に行くと、生き物はいなくなるのかというとそうではありません。天国に行っても、行ないによっては地獄へ落とされることがあるのです。では、地獄がいっぱいになるのかというとそうではありません。
そこで、「地獄」はどこかということについて考えてみると、地獄はこの世だと思います。この世で地獄の苦しみを味わい、正しい行いが多ければ天国へ行ける。もし、天国に行けなければ、生まれ変わってまた地獄(この世)で苦しい生活をしなくてはならないのです。

天国へ行ける判断基準は、「しもらったことの量 < やってあげたことの量」です。

とりとめの無い話ですが、ふと子供の頃に教えられた事を振り返ってみると、本当のことだったのかなと考えさせられています。
「自分がして欲しくない事は、人にしてはいけない」
「他の人にわからないと思ってやっても、神様はきちんと見ている」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/10/08

幼稚園の運動会

今日は娘の通う幼稚園の運動会がありました。この幼稚園はあまり広くないので、近くの中学校を借りて行っています。何でも会場設営のお手伝いをすると優先的に場所取りをさせてくれるとかいう事で、かみさんに言われて朝早くから幼稚園に行って荷物の積み込みを手伝い、乗り切らなかった小物を持って中学校へ向かいました。
すると、不思議な事に、幼稚園で荷物の積み込みをした人で一緒に歩いてきたはずなのに、そこには既に複数のお父さん達がいて、場所を確保しているではないですか。しかも、その後の会場設営を手伝っているのは、幼稚園で荷物の積み込みをした人だけ。場所を確保するためだけに来た人は、立ち話をして、時間が来たら缶コーヒーをもらって飲んでいただけ...当然僕が場所を確保した時には、そういう人たちの後ろになってしまいました。

その時、既にいや〜な予感がしていたのですが、的中してしまいました。
051008-0900前から2番目にいたのに、何も見えません。場所の確保は家族が座れる程度ということでしたが、大きなブルーシートを用意し、複数の友人同士と思われる家族が一緒に座り、小学生高学年とおぼしき少年はつまらないとそこへ寝そべりながら鑑賞しているではないですか...雨だったので会場が狭く、後ろには立ち見のおじいさんやおばあさんもいました。園児達は背が低いので、立たれてしまうと何も見えません。
しかも周期的に左右を移動しながら立っているので、隙間をぬってビデオカメラを回しても、腰や肩が定期的に入ってしまいます。

この町は我が子指向の人が多く、親も子供も「自分さえ良ければそれでいい」という人がとっても多いです。これと似たような事例で、お祭りがあります。最近流行の「よさこい」とやらで、踊りながら町を練り歩くのですが、その参加チームにこの町の子供だけを集めたダンス教室のチームがあります。そのチームが踊るまではびっくりするほどの賑わいがあるのですが、そのチームが踊り始めると人が一気に集中し、終わった途端にびっくりするほど人がいなくなります。踊っている我が子を撮影しようと、カメラを持った集団がいきなり我先にと見物客を押しのけて移動していくので、危険極まりない。知り合いと一緒に座って見ていたら、まるで「風の谷のナウシカ」のオームのように、前も見ないで移動してくるのです。僕の鞄を踏みつけようが、子供の足を蹴ろうが、見ている前を遮ろうが、おかまい無しで、謝りもせずに去っていきます。

自分にもこういう部分があるかもしれません。彼らを反面教師とし、自分も気持ちを引き締めて行動しないといけないなと感じました。

運動会は楽しく、子供も楽しそうでした。僕もパン食い競走に参加したのですが、一番にゴールした姿を見た娘が、近くに座っている子供に「私のお父さんが一番だよ!」って自慢してたそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/10/07

永住許可申請

 かみさんは、3年毎にビザの更新をしなくてはなりません。
 その時に、必要な書類は僕の戸籍謄本、住民票、在職証明書、源泉徴収票、かみさんの戸籍謄本、外国人登録証明書、パスポートにビザ更新の申請用紙です。加えて4,000円の収入印紙が必要になります。しかも、入国管理局は平日しかやっていないので、申請をするためには僕は平日にお休みを頂かなくてはなりません。
 そこで、今年は更新の手続きといっしょに永住の許可申請も行いました。これで許可が出れば、更新の手続きが不要になって、面倒な作業が一切なくなります。
 審査の結果が出るまでには、数ヶ月を要するという説明を受けましたが、永住権を取得出来る事を祈るのみです。

 入管の窓口に、新人さんっぽい人が一人いて、他の先輩職員から指導されながら仕事をしていました。先輩と話す時にはちょっとオドオドしながら、窓口で対応する時には毅然とした態度をとろうと一生懸命で、そのギャップについつい笑みがこぼれてしまいました。新人さん、がんばって下さい。入管の人はサービスを提供している人というより、手続きをしてやっているという感じがしてなりません。こんな先輩達を見習わず、心地良く手続きが進められるような職員さんになってもらいたいものです。

 手続きが終わってから、近くの子供写真専門のスタジオで次女の七五三の写真を撮ってきました。
 ちょっと早いですが、時期をずらせばちょっと割引があるのと、かみさんがクリスチャンなのでお宮参りなどを特にしないことから、親に見せるための格好作りだけなので、いつやっても同じという我が家では関係ありません。(ならしなくてもよいのではという意見もあるくらい...)
 長女の時は、僕の両親がはりきっていたので、実家へ帰って、近くの美容室へ行って着付けなどしてもらったりととっても大変でしたが、次女はいたって簡単なものでした。
 費用は、一切込みで約42,000円。相場がわからないので、高いのか安いのかはよくわかりませんが、長女の時にかかった費用の約半分でした。ただ、それなりに安っぽいので、三女の時にはどうしようかなと今から悩んでいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/10/04

作業手順書

今働いている職場は、けっこう先進的な装置がある研究施設です。しかし、装置に関わる作業を担当している人員の半分は今までまったく関係のない業務を担当してきた人間が行っています。そのため、培ってきKnowHowや「これ」と言って定まった作業手順があるわけではなく、各員の経験に基づいた作業手順で作業が行われています。
新しく入ってきた人は、先輩達全員の作業手順を見て、その中で自分に一番合った作業手順を身につけていきます。その選定基準に技術的な根拠は無く、自分に合っているか否かが重要なポイントとなっていました。そのため、何か問題が発生した時には、原因調査が非常に困難であり、誰が作業したのかということを明確にする
のが重要な要素だったりします。
このままでは、いつか大きな問題が発生してしまうと危惧されるので、作業手順書の作成作業を行っています。機器の調整運転などは、言葉にするのが非常に難しく、「フィーリングを文章にする」作業が必要になってきますが、それ以外の部分はほとんど決まった作業となっています。
現在、いくつかの手順書が完成したので、バインダーを作成して、作業の参考にしてもらっています。
これにより、以下のメリットがあると考え、実際に実感できています。

  1. 現在の作業手順をまとめることで、同一の作業を画一的にし、作業品質の向上ができる
  2. 問題が発生した場合に、画一化された部分については結果の確認を行うのみでよく、問題の切り分けが容易となる
  3. 人員交代や追加が発生した場合の教育期間が短縮される
また、手順書については以下の注意点があります。
  1. 手順書中心になりすぎて、機器の特性や本質を覚えないまま作業に従事してしまう
  2. 緊急時に通常の作業とは異なる対応を迫られても、手順書に固執して作業を進めてしまう
これらの注意点により、手順書の作成を否定する人もいますが、手順書の不備を逐次更新しながら対応していくことで大きな情報資産となり得るものだと思っています。

もし、口伝で作業手順を継承している職場の方がおられましたら、手順書の作成を行ってみてはいかがでしょうか。ちなみに、今の職場で手順書作成の提案をした時、まず言われたのは「不可能だ」という一言です。そういう職場が多いかもしれませんが、不可能と思われる事を実現することに意味があり、またその効果は絶大なのだとも言えると考えられませんか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/10/03

娘とウクレレを練習する

051004-0727 昨日購入したウクレレを弾いていると、娘がやりたそうな目をしながらじっと見ているので、教えてあげることにしました。
 まずは、ドレミファソラシドの音を出せるよう教えると、さっそく目を輝かせながら「私、上手?」と言って、「お母さんに聞かせてくる!」と駆けていきます。
 次に、指一つでできるCのコードを押さえさせて、ストロークを練習させると、目を輝かせながら「私、上手?」と言って、「お母さんに聞かせてくる!」と駆けていきます。
 そんな調子で1時間くらいやってると、指の先が痛くなってきたようで、練習を終わりにしました。

 その後、僕が簡単なコードで「ドレミの歌」を歌ってみると、大喜びする娘のその瞳の中に「わたしもできるようになる!」という輝きを見つけ、うれしくなったお父さんでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/10/02

100不満ボルト

うちの洗濯機もずいぶんと古くなったので、新しい物に買い替える事になりました。
近所に家電量販店があり、そこへ行ってみました。ここはあまり良いお店ではなく、
 品切れの商品に、「在庫あり」の札がいくつも残っている
 「現品限り」とうたって、数千円引いた値段を掲示しているが、もとは無料だった1万数千円の工事代を別に請求するため、実質値上げをしている
 担当者に商品知識がないため、質問すると数十分待たされたあげく、「ちょっとわからないです」とか言われる
というトラブルがしょっちゅうあるのですが、毎度毎度はないだろうと思っていたら、またトラブルです。レジで配達の手続きをしていると、「お客様の都合の良い日に、お届けできるよう手続きをしましたので、よろしくお願い致します」とのことだったので、安心して家に帰りました。
そして、配達当日に電話があり、「すみません、手続きの間違いで本日の配達はできなくなりました。火曜日になら配達できるのですが。」とのこと。度重なる不適際に堪忍袋の緒が切れたかみさんは、「購入をやめる」と言い出し、全額払い戻ししてもらいました。

そこで、隣町の電気屋さんまで行ってみると、同じ物がなんと1万円も安く売られているではないですか。しかも、今ある洗濯機を引き取ってもらう時の家電品のリサイクル料は前の店では4,000円と言われたのに、ここでは2,500円とのこと。
リサイクル料って全国一律ではないのですか?それとも差額を着服しているのか?
結局、手違いのおかげで無駄な出費を抑える事ができました。

帰りに、浮いたお金を使ってハードオフでウクレレを購入しました。久しぶりに楽器を弾いてみると、これがなかなか面白い。しばらくはまってしまいそうです。16日には試験があるのに...ほんと、誘惑の多い月です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/10/01

インラインスケート

 先週の週末に、かみさんが欲しいと言っていた「インラインスケート」を購入しました。僕が仕事に行っている間、かみさんは練習をしたそうですが、全然うまくできなかったと言っていたので、近所の運動公園へ行ってその具合を見てみました。
 ところが、別に転ぶわけでもなく、とろとろとしながらも楕円を描きながら前に進んで、楽しんでいました。

 「それでは」と、早速僕も借りて滑ってみました。アイススケートの経験があるので、簡単だろうと思っていたら全然だめ。思えば、最後にアイススケートをしたのは十数年前。その時もそれほど上手というわけではなかったので、戻ってくる勘などもなく、無理な姿勢で腰を痛めて、転んで擦りむいただけでした。
 でも、なかなか面白い。空いた時間があれば、遊んでみるのもいいなと思いました。

 今月の16日は試験があるのに、いつもこの時期になると誘惑が増えるなぁ...

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年9月 | トップページ | 2005年11月 »