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2005/10/10

僕の絵空事 : 輪廻転生と天国と地獄

何気なくかみさんと雑談をしていて、「生まれ変わり」についての話が面白かったのでまとめてみます。別にどこかの宗教や本の受け売りではなく、経験やこれまで得た知識を基にしていますので、どこかで似たような意見を持っている人とかいれば、教えてもらいたいなとも思います。

輪廻転生というのは、仏教の考え方だったと思いますが、ここに時間と生まれ変わりの関係について空想してみました。かみさんの話では、親子というのは前世で仲の悪かった人が組み合わせられるものだとの事です。すると、死んですぐに生まれ変わるのなら、時間的なつながりから、うまく組み合わされることはないかもしれないという疑問があります。そこで、「生まれ変わりについて、時間の概念は無い」という前提を考えてみました。

「前世は遠い昔の人や未来の人というのもあり」とすると、前世で仲の悪かった兄弟や近所の人が、自分の子供や親かもしれないと考えてみます。僕は弟とは犬猿の仲で、会う度に喧嘩をしていたのですが、その弟は去年亡くなってしまいました。今思えば、別にどうということでも無い事がもとでの喧嘩ばかりで、そのほとんどが僕の理不尽な兄貴面によるやっかみが原因だったような気がします。
今更どうしようも無い事ですが、この生まれ変わりの話を当てはめてみると、実は弟の生きているうちに生まれた僕の娘達の誰かが弟の生まれ変わりだったりするかもしれないなどと思う事もできます。
弟の姿をしている時には、何もしてあげることができなかったのですが、こうして僕の娘として生まれてきているのなら、あの時できなかったことをいろいろしてあげたいと思います。相手が間違っていると決めつけたような言い方しかできない僕ですが、娘にはそういう言い方をせず、お互いをきちんとわかり合えるような関係を築けるよう努力したいです。

また、天国と地獄についても話をしてみました。昔から人間はどんどん生まれて、どんどん死んでいます。こんな状態では天国または地獄は人間で埋め尽くされてしまうのではないかという意見がでてきます。
そこで、僕が提唱するのは「魂の数は一定」という説です。魂の持ち主は人間だけとは限りません。今、人間が増えているのは、人間が自然環境を破壊することで、微小な生物や生き物を殺し、それらが人間として生まれ変わっているからだと考えてみます。
では、皆が天国に行くと、生き物はいなくなるのかというとそうではありません。天国に行っても、行ないによっては地獄へ落とされることがあるのです。では、地獄がいっぱいになるのかというとそうではありません。
そこで、「地獄」はどこかということについて考えてみると、地獄はこの世だと思います。この世で地獄の苦しみを味わい、正しい行いが多ければ天国へ行ける。もし、天国に行けなければ、生まれ変わってまた地獄(この世)で苦しい生活をしなくてはならないのです。

天国へ行ける判断基準は、「しもらったことの量 < やってあげたことの量」です。

とりとめの無い話ですが、ふと子供の頃に教えられた事を振り返ってみると、本当のことだったのかなと考えさせられています。
「自分がして欲しくない事は、人にしてはいけない」
「他の人にわからないと思ってやっても、神様はきちんと見ている」

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コメント

なかなか面白い、そしてなんか納得できるような話です。
こういったことは、なんとなくとしか考えてきませんでした。一度深く考えると色々な意見があって面白いかもしれません。

投稿: ichiro | 2005/10/13 21:45

コメントありがとうございます、ichiroさん。
うちら夫婦は想像の世界に没頭するときがあって、こんな話題を真剣に語ってたりします。言われるように、物事を深く考えるのって楽しいですよね。
僕は、こんな話につきあってくれるかみさんがいて良かったと思います。

投稿: きむらしのぶ | 2005/10/14 10:54

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