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2005/08/03

時間が無い時にしない人は、時間があってもできない

僕は、昔から「何かを教えて欲しい」と頼まれることが多いです。
イラストレーションやパソコンの取り扱い、プログラミング、電気基礎などいろいろな人に様々な事を教えてきました。3日坊主で終わる人もあれば、今でもがんばっている人もいます。

そこで、いつも感じるのが「時間が無い」と言ってやらない人は時間があってもやらないということです。

顔を見たら、「どうですか調子は?」と声をかけるのですが、やる人は
「忙しくてなかなかできない。今は○○のところまでしか進んでないけど、また時間ができたらお願いします。」
と答えてきます。やらない人は
「忙しくて。あれから全然。また時間のあるときにお願いするかもしれません。」
と言われます。

僕に教えられるようなことは、ほとんど独学でも勉強できるようなことなので、時間を理由に自助努力をしない人からは遠ざかってしまいます。
なぜならば、軽はずみな気持ちで「教えて」と言われたのに対し、僕は教える内容を検討したり、資料を作ったりと苦労しているのだと思うと、あまりいい気がしないものですし、前回教えた内容は「スッカラカン」で、何を話しても「何でしたっけ?」と聞き返されても時間の無駄です。

逆に、続いている人のほとんどは、まとまった時間がとれない代わりに、「どうしてもここがわからない」と言って十数分の合間に質問をしてきたりします。

これは、「学ぶ」という心構えと「教わる」という気持ちの差のようにも感じます。「学ぶ」というのは能動的で、自分に新しい知識を身につけるために努力するもののようです。それに対し、「教わる」というのは受動的で、相手が一切を用意してくれた状態の中で、何かを吸収しようと思っていることのようです。
お金を払っていようといまいと、「教わる」という考えでいたのでは何も身につきませんし、覚えたとしても役に立たない知識が増えるだけです。それに、「教わる」という気持ちでいたのでは、教わっている内容に「面白み」を見つけるのは難しいのではないかと思います。

これは、考え方なので、いつでも改善する事ができるものだと思います。「時間ができたら始める」と考えているならば、今すぐ意識改革をしてそれを始めてみて下さい。「思い立ったが吉日」です。

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