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2005年6月の17件の記事

2005/06/30

「世界の中心で、愛をさけぶ」と「弟」の事

レンタルで借りて見ました。
悲しい話でしたが、最後は未来へ歩みだす主人公が描かれていて、良い終わりだと思います。

最近人の死を扱った映画を見ると、弟の事を思い出してしまいます。それが全然関係ない内容でも、同じなのです。失ってから気がつく事の多さに愕然としています。

メーラーの切替で、昔のメールを整理していると弟から送られて来たメールがいくつかありました。色々とわからない事を僕に質問していたのですが、僕の返信メールの文章には気遣いも優しさも無く、淡々として答えをあげるわけでもなく、「こういう風に考えればいい」的な内容ばかりでした。
僕は大きな怪我も病気もしたことがなく、怪我や病気で苦しむ人の気持ちがよくわかりません。
ですが、想像はできたはずです。
兄として弟に教育をするなどと不遜なことを考え、結果的に弟のためにも、僕のためにもなりませんでした。ただ、自分を満足させるために弟に偉そうな事を言っていただけで、恥ずかしくなります。

もう、亡くなった人に何かをしてあげることはできません。これからは、同じ過ちを繰り返さないよう頑張ろうと思います。

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2005/06/27

あんでぇ、いご みゆこや

下の子が、おばあさんに韓国語で話すようになりました。タイトルは、「ダメ、これ美優の!」という意味です。
上の子は既に日本語と韓国語を上手に切り分けて話し、バイリンガル状態です。下の子もそうなるのは時間の問題。

とすると...TOEICをどんなに頑張っても、我が家では通じません。
聞く所によると、子供は自分ができて親のできない事があると親を馬鹿にするようになるそうです。そうならないよう、韓国語の勉強をしなくてはいけないですね。しかし、近すぎるとなかなか勉強できないもので、僕の韓国語に関する能力は既に娘以下です。

うーん、簡単に韓国語を勉強する方法ってないかなぁ...

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2005/06/26

BBQ

色々思う所があって始めたブログですが、最近はほとんどが日記になってしまった...
ということで、今日もまた日記です。

職場の仲間と浜辺でBBQをしました。
3交代の勤務ということもあり、なかなか一緒に行なう行事ができないのですが、思いつきで計画してみたら、皆快く参加してくれました。昨日の猛暑も落ち着き、今日は曇りながらも晴れ間が時々広がる天気で、まずまずのBBQ日和でした。
子供は服を着ながら海に飛び込み、大人はグリルを囲んで日頃の想いを語らい、交流という目的は達成できたと思います。少々お酒が入って普段より陽気になり過ぎた感のある人もいましたが、それはまた無礼講といった所でしょうか。

食材の見積もりが甘く、始めは足りなくて、補充したら余ってしまいました。個々の食べる量がなかなかわからないので、難しいですね。余った物はみんなで分けて、家に帰りました。

家は袋にいっぱいのサザエを持って帰ったので、早速茹でて食べました。

明日から仕事。とってものんびりとした週末だったので、現実に戻るのがちょっとつらいです。

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2005/06/25

TOEICの結果

今日、先月受験したTOEICの結果が送付されてきました。
目標は500点以上、結果は580点。
ということで、目標達成しました。PERCENTILE RANKは54.7なので十分な実力とは言えないですが、とりあえず一山超えることができたような気がします。

詳細は、
 SECTION1 = 405点
 SECTION2 = 175点
 TOTAL = 580点
で、受験前に行なった模擬テストとほとんど同じ結果で、リスニングが70%、リーディングが30%でした。

今後、読み書きの練習をすればもっと高得点を狙えるのかな。
とりあえず、会社に連絡すると受験費用のうち5000円+交通費を支給してくれるそうなので、月曜日に連絡しようと思います。

さぁ、今度は情報セキュリティアドミニストレーターだ!
でも、個人情報保護法とかでてきてきたから、去年より難しくなってるかな...勉強しないといけないですね。

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2005/06/24

家庭内LAN用DNS

外部から自宅のサーバーにアクセスする時は、DDNSで登録されたドメインでアクセスができますが、家庭内LANからはできません。

Webページを作った場合、外からは
 http://xxxx.co.jp/
でアクセスできますが、中では
 http://192.000.000.000
とIPアドレスでアクセスしないといけません。

今までは、別にこれで困る事は無かったのですが、昨日メールサーバーを立ち上げてから問題が発生。外部からメールが読めないのです。外部からのアクセスに合わせてクライアントの設定をすると内部で読めない。
仕方がないので不便でも我慢する...というのはもう良くない。ということで、内部用DNSサーバーを構築。

ちょっと設定したら完成。使えば、使うほどLinuxってすばらしいと思わされる。
でもって、MacでDNSの設定を変更しても...あれ、反映されない。Linux側ではきちんと反映されているのに...
ずいぶんと悩んで、悩んで、悩んだ挙げ句、放置してしまいました。

今朝、やっとファイアーウォールの設定が間違っている事に気がつき、
 53:tcp, 53:udp
を追加して無事完了。内部も外部も同じドメイン名でアクセスできるようになりました。

参考サイト Fedoraで自宅サーバー構築

最近は専らLinuxでの開発を行なっているので、VBAのページにFedoraCoreの設定覚え書きなどを追加してしまった...そのうちコンテンツを2つに分けるか別サイトを立ち上げるか検討中。

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2005/06/23

EntourageとOutlookの相互運用

2年前からMacを使い始め、Win版OutlookからEntourageに切り替えました。
僕はメールを可能な限り保存するよう心がけているので、早速Outlookからデータを移行しようとしてびっくり。何と移行する機能がないではないですか...色々調べてみると、みんなやっぱり悩んでるみたい。

あるところに、Microsoft Exchangeがあればできると書いてあったのですが、ExchangeはServer以上のWindowsが必要なので、わざわざメールの移行に何十万もの出費はどうしても容認できない。
そして、2年間放置していました。「Windowsを立ち上げれば昔のメールは読めるのでよし!」と自分を納得させていたのですが、つい最近家の環境で移行する方法がわかりました。

LinuxでDovecotというサービスにより、IMAPの環境が構築できるとのことなので、早速構築。
EntourageにHotmailみたいなフォルダが一つ追加されて、そこを利用すると自由にメールの交換ができるようになりました。Outlookにてフォルダへ昔のメール一式を投げ込むと、Entourageでもそれを見る事ができるので、早速Entourageにコピー。

ずいぶん悩んでいたのに、あっさり解決してしまいました。
知っている人には当たり前のことなんだろうけど、知らないとできない。「知識の差」を改めて痛感しました。

こんな環境が無料で手に入るなんてLinux恐るべし!!

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2005/06/21

「おつり」

今日かみさんと買い物に行った時、2000円程度のものを買いました。かみさんの財布には1万円札しかなかったのでそれを出し、おつりをもらって帰ろうとした時、かみさんが異変に気がつきました。
おつりに1万円札が混じっているのです。
2000円の買い物に1万円札を出したら、おつりとして13000円が帰ってきたのです。買い物をしたら5000円の売り上げが発生してしまいました。

さて、あなたならどうしますか。

かみさんは悩んでました。「あなただったらどうする?」と聞かれて、「僕ならそのまま帰るかもしれないけど...」と答えると、また悩んでいました。
小さい頃、「隠れて悪い事をしても、かみさまが見てるよ」とよく言われました。でも、人の見ていないところでは、やはり色々な事を考えてしまいます。僕たちは子供がいたずらした後に、同じフレーズを使って怒っていますが、その言葉の効果を発揮させるためには親の行動が重要なのかなと考えさせられました。

結局、かみさんはレジに向かいました。
そして、レジを担当していた女性に何度かお礼を言われて、すがすがしい表情で戻ってきました。

5000円を取得する事と正しい行いをする事ではどちらがもっと「得」なのか。
些細なことですが、良い妻をめとったものだとうれしくなりました。

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2005/06/20

「諸刃の刃」って...

「日本語が乱れている」と言うのは、最近頻繁に耳にする言葉です。
レストランで「メニューの方をお下げしてもよろしかったでしょうか?」と言われ、妙に気持ちが悪い思いをしすぎて、この頃では「全然大丈夫」という言葉に違和感を感じなくなりつつあります。

しかし、ラジオのニュース番組で「これはまさに諸刃の刃です」と聞こえて来た時には、びっくり。ある辞書には「諸刃の剣」の変形型みたいに紹介されていることもあるそうだけど、言葉として正確でないのは確かです。
辞書にあるということだけど、わざわざ誤った言葉を使って放送するのはどうかなと思います。

言葉は時代とともに変化するので、変な言葉全てを否定するつもりはありません。
しかし、言葉は変わっても物の名前が意味するところは変わらないはずだと思います。情報の伝達を司る放送を担当している人間が物の意味する所を考えないで話をしているのは、まずいですねぇ。

なるべく気をつけるようにはしているけど、自分の日本語も間違っていることが多いから人を注意するのはおかしいかもしれない。でも、間違ってない人しか注意できないなら誰も注意できない...悪い所はみんなで指摘し合って、良くなっていけるといいな。

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2005/06/18

CM製作

最近、動画編集をやってます。と言っても日曜プログラマーな僕には動画についての詳しい知識はありません。それでも、持ってるソフトをフル動員してそれっぽくなるよう一生懸命です。

そして、もしこの動画が期日内に完成したらローカル局で放送されるかもしれないのです。知り合いのつながりで、「ちょっとやってみてよ」とお願いされてやっているのですが、これが実現すれば僕の映像クリエイターとしてのデビュー作になるかもしれない。頑張ろう。

素材が写真しかないので、自分で描いたコンテに合わせて1カット毎にFlashで写真と文字を組み合わせたものを作って、ムービーとして出力した後にPremiereでつなげて音を入れるという作業をやっています。もっと賢い方法があるのでしょうが、今の僕にはこれが限界です。
ところが、Premiereのバージョンが問題です。使っているのがPremiere6.0で、プレビューするのにすごく時間がかかってしまい、なかなか作業が進まなくてイライラしてしまいます。あまり機能を使っていないので、もしかすると最近出たPremiereElementsの方で十分じゃないかとも思ってしまい、危うく購入しそうになりました。

これらのソフトは数年前に購入し、結局ちょっとしか触らずに終わってしまったものばかりです。当時は「どんなものか試してみよう」程度の思いしか無かったのですぐに飽きてしまったのですが、今回はある程度の目的があってやっているので、ずいぶん真面目に取り組めています。やっぱり目的がしっかりするというのは重要なのでしょう。

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2005/06/16

Mr.インクレディブル

本日DVDが発売になったので、早速買いに行きました。
妻と2人の娘は映画館で既に見ているのですが、僕はまだ見てなかったのでとっても楽しみでした。

トイストーリから、モンスターズインクやファインディングニモなどPIXER作品はいつも楽しませてくれていましたが、これもまた例外ではありませんでした。
見ているとおかしく、悲しく、安心して感動できる作品でした。
とりあえず、もう一回見ます。

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2005/06/15

現代の子供を馬鹿にする馬鹿者達

一言言いたい。
最近の若者が我がままだとか女の子が所かまわず化粧するとか、なってないと文句を言う人が多いし、マスメディアでも悪く言っている。

しかし、よく考えてみよう。馬鹿にしている人達は、そういう子供を育てた世代やそういう子供を育てる世代を育てた世代なのだ。どうしてきちんとした教育をしなかったのかという、反省を先にするべきだろう。
マスメディアも無責任だ。世の常識を正しく伝えなくてはならないにも関わらず、営利主義で不適切な情報を氾濫させておいて、その被害者をあざ笑う事で次の利益を得ようとしている。

お前達は自分の子供に何をしてきたのか、自分の住む社会に何をしてきたのかよく考えてみるんだ。
個人を尊重することと、わがままを許す事は別次元だ。
表現を追求する事より大切な事がある。

今見える事しか見るのではなく、もっと先を見るんだ。
今見える事を見せるのではなく、もっと先を見せるんだ。

でもその前に、みんなもっと勉強をするべきだ。そうすれば、自分たちの愚かさもわかるし、今やっている事が流行の最先端などではなく、歴史の繰り返しに過ぎない事が理解できるはずである。

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2005/06/12

箴言 14章 8節

先日、宗教団体を非難するような内容を書きましたが、僕は教え自体を非難するつもりはありません。
多くの宗教で、教えている事自体は正しい事が多いと思います。問題は教える人が、誤った解釈を伝えることなのでしょう。読み物として聖書を読むと、普遍的な内容が多く、過去から現代までどの時代でも通用する内容が多く含まれています。
そこで、聖書の中でも特に格言や訓戒に特化した内容の多い「箴言」から一つを紹介します。

「利口な者は自分の知恵で自分の道をわきまえ、愚かな者は自分の愚かさで自分を欺く」

僕はよく熱弁をふるうことがあります。もちろん自分の正しいと信じる事を伝えるつもりでいるのですが、相手の賛同してくれたり、納得してくれるような顔を見ることで自分を安心させているだけのような気もします。
果たして「自分は前者なのか後者なのか」と問われると後者のような気がしてなりません。

別にクリスチャンになるよう薦める気はありません。ただ、迷った時だけでなく、自分に自身が持てる時にもこういう書物を読むのは良い事だと思います。歴史を振り返ると、人は力のある時に誤った道へ進むことが多いようです。なぜなら、勢いがある人を止める力のある人はなかなかいないもので、本人が気づいた時には取り返しがつかない事態に陥ってしまっているのです。
病気は早めの治療が効果的です、心の病には書物と言う薬がよく効くのではないでしょうか。

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2005/06/11

イノセンス

遅れ馳せながら、レンタルDVDを借りてみました。
公開から遅れること1年、未だ見てない人へのネタバレにならない程度に感想を書いてみたいと思います。ちなみに評論ではなく、僕の主観的な感想なのであまり他の人の役には立ちません。

まず、絵が奇麗でした。3DCGとトゥーン調の絵の組み合わせにそれほど違和感が無く、「あ、ここはCGだ」などと茶々を入れることなく見れました。

ストーリーについて、妻の感想は「何が何だかわからない」というものだったのですが僕は面白かった。前作の攻殻機動隊でも同じですが、世界観がわからないと全然理解できないのは否めないです。誰にでも楽しい作品というわけではないですが、何年か後に見ても先進的な内容を保てるストーリーだと思いました。
もう何年も前に「攻殻機動隊 Ghost in the shell」を見てて、ストーリーのほとんどは忘却の彼方に押しやられていたのですが、また見てみようかという気にもなってきました。正直、攻殻機動隊では途中よく理解できなかった部分があったのですが、最近になって経験も増え、色々思う所もあってイノセンスの内容は苦無く理解できたような気がします。そこで、攻殻機動隊を再度見てみるのも良いなと思っています。

ずいぶん久しぶりにアニメを見たけど、最近のアニメはすごいなぁと素直に感心してしまいました。ちょっと他のも見てみようかな。

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2005/06/10

全滅

先月、飼っている金魚が1匹死んでしまいましたが、残りの2匹も調子が悪かった。病気になったので、ホームセンターへ薬を買いに行ったり、フィルターを交換したりと八方手を尽くしたのですが、今日全滅してしまいました。

火曜日に2匹目が天に召され、今朝非常に調子の悪かった3匹目が作り物の水草に絡まって静かな最後を迎えてしまいました。
たった1年間とは言え、餌やりは僕の仕事で水の交換もまめにしていたので、とても残念です。

最近、上の娘が幼稚園の友達を連れてくることが多くなり、水槽を「ガンガン!」と叩いたり大量に餌を投与したりして、ストレスも多かっただろうと推測されます。季節の変わり目で、体力も弱っていただろうにかわいそうな事をしてしまいました。
子供に命の大切さを教えようと、子供の部屋に水槽を移したのがそもそもの間違いだったのかもしれません。直接の原因ではないにせよ、死ぬ様な状況を作ってしまったのは否めません。

水槽や餌、薬など多くのモノが残ってしまいました。
この経験やモノを無駄にしないためにも、今年の夏にまた何匹か調達して育てたいと思います。聞く所によると金魚は30年近く生きるそうです。今度は、天命を全うし大往生させてあげたい。

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2005/06/05

分隔てなく与えるという教え

妻が韓国人という事情から、僕は毎週日曜日に教会へ行っています。別にクリスチャンというわけではないのですが、一般的な日本人のクリスチャンより日曜日の礼拝への出席率は高いと自負しています。
ということで、必然と聖書の内容にも詳しくなってきました。
僕の実家は神道です。熱心な信徒ではありませんが、祝詞の文言も諳んじれる程度には知っています。しかし、この2つの宗教を比較してどちらが優れているとかこっちが本物などという評価をできるほどの知識はありません。
そこで、キリスト教について疑問に思っている1つの事を書いてみる。

「当教会では洗礼の済んでいない信徒への聖餐式への参加をお断りしています」

これは、毎月第1日曜日の礼拝後に行なわれる儀式の前に牧師が言う言葉です。
聖餐式とは、キリストが捕まる前日の「最後の晩餐」にて弟子にパンと葡萄酒を分け与えた事実を真似て、教会に集まった人でパン切れと葡萄ジュースをちょっとづつ頂くと言う儀式である。敬虔な信徒以外は参加すべきでないことなのかもしれないと思う。

しかし、その後に行なわれる「献金」では、上記のような信徒以外お断りというような事は一言も言わない。
「もらえる物はもらうが、与えるのは仲間だけ」ということである。
ある程度大きな団体なので、僕の通っている教会だけでなくその団体の総意で行なわれていることなんだろうけど、何度聞いても合点がいかない。

聖書にあるキリストの言葉のどこをとっても「区別しろ」とか「儀式に参加できるのは特定の人間だけだ」などということは書かれていない。

献金は感謝して捧げるなどと祈らせられるが、仲間に入れてくれない人達の懐に入るとわかっている現金をなぜ神様への捧げものとして提供しなくてはならないのか?献金をするかしないかは自由などと言っているが、袋のついた棒を持って人の前に突き出し、払わない人にはあからさまに不愉快な表情を向ける人が多い。

教会に行くことはほとんどなくても「洗礼を受けた人」には権利があり、毎週日曜日に教会へ行きながら献金を捧げて奉仕しても「洗礼を受けていない人」は蚊帳の外である。

聖書を読んで「誰にでも平等」がキリストの教えだと思ったけど、教会では組織的に取捨選択をしながら財貨を集める行為を何とも思わないらしい。

どこぞの、国ではクリスチャンでないと大統領になれないらしいが、「人が人を裁いてはいけない」という教えを積極的に破っている。また、「罪のない人から石を投げなさい」という言葉に対しても、元々が侵略国家で人権侵害甚だしい自国をよそに他国の文句を声高に叫んでいる。

「信じる者は救われる」という言葉は有名だが、クリスチャンと言う人達を見ていると黙示録で苦しみながら地獄に堕ちる似非信徒の多さに驚かされる。

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2005/06/02

僕の給料は平均?

インターネット経由で僕の市場価値を査定してくれるサービスに申し込んでみました。

先日結果が郵送されてきたのですが、僕の給料は同年代で同職種の人の平均金額とほぼ一致してました。ただし、ここで評価に使った年収は残業代および手当を含めた金額です。
残業代等を差し引くと2/3まで減ってしまいます。

他の人達はどうなんでしょう。

結局、自分の市場価値なんてわからないままみたい。
企業で働くサラリーマンなんだから、能力が給料に直結するということは稀なんだから、あまり気にしないで自分を磨きながら日々の仕事に誠意を持って対応することが重要なのかな。

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2005/06/01

教えるのが上手

僕は人に何かを教えるのが下手です。
以前、人に勉強を教えた時に「きむらマジック」と言われました。これはどういうことかと、言うと聞いている時はものすごく理解できて問題がすらすら解けるけど、部屋に帰っていざ自分でやろうとすると全然問題が解けないというものだそうです。
と言う事は、時間だけ使って何も伝わらないということ...言われた時はショックでした。

僕の身の回りに「教えるのが上手」と豪語する人がいます。

ある人は話を聞くと確かに説明が上手です。理論整然とした話方で色々な内容を説明してくれるので、とても勉強になります。
ただ、この人の教え方の前には「興味がある」とか「必要な予備知識を身につけている」というのが大前提にあり、万人を教えるのが上手かと言うとそういうわけではないようです。むしろ、興味の無い人や予備知識の無い人にはちんぷんかんなのです。
さらに、この人はわかって無さそうな顔をした人を見ると、機嫌が悪くなり、攻撃的な口調に変わります。
そこで、この人の周辺では2極化が始まり、わかっている人とわかってない人の確執が生まれているのです。しかも、その確執を除く様に努力するのではなく、積極的に差を大きくする行動を続けるのです。

もう一人、教えるのが上手な人がいます。
この人はあまり知識はありませんが、自分の面白いと感じたところを伝え、相手の興味のありそうな部分を見つけながら説明をしてゆくのです。伝えれる内容は少ないのですが、教わった人はその後自分で続きを試そうとします。
初めは興味の無かった人も興味を持ち始めたり、つまずきながらも自分で答えを探す方法みたいなものを見つけたりして、中には教えた本人より内容に詳しくなったりしているようです。
そして、教わった人の輪ができ、互いに成長し合う努力を続けているそうです。

「きむらマジック」と言われる僕の教え方は、多分前者に近いのでしょう。
必要だからという意識を持って聞きに来る人に詳しく説明をしてわかった気にさせるだけなのです。結局、最後には何も残らない。
後者では、教わった人に「向上する方法」を教えているので、可能性は無限に広がることができるのだと思います。

「この説明を聞いてもわからない人には、他に何を言ってもわからない」ような教え方ではなく、「この説明を聞いてもわからないなら、わかる様な教え方を一緒に考える」という教え方を身につけたいものです。

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