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2005/05/28

ここは東京と同じ番組が見れるんだよ

茨城県に住んでいた時、自動車教習所で一緒になった数浪している親のすねかじり野郎に言われた一言です。
更に彼は、続けて「修学旅行で行ったある県では、夕方に"わらっていいとも"がしてたんだよ。信じられない」と言いました。

茨城県には民放局がありませんので、ニュースを見ても全国版規模の事件でないと茨城の名前が出る事はまずありません。彼があざ笑った地域では、地元の情報を流すニュース番組があります。
稚拙ながらも地域の話題を広める文化的活動が行われているのです。

この発言を聞いて思ったのですが、「どこか他と一緒」とか「誰かと同じ」ということを誇るというのは悲しいことではないでしょうか。

テレビの番組が東京と同じって...自分が努力してそうなった訳ではなくて、生まれた場所がそうだっただけでしょ?それってそんなにすばらしいことなの?

世の中には、大金をはたいて「誰々の身につけているのと同じ服」とか「誰々が愛用しているのと同じ何々」を一生懸命買いあさる輩もいます。それって、そんなにすごい事なの?

子供の頃、よく「皆できるのになぜお前はできないんだ」という怒り方を耳にしました。
でも、それって変じゃない?
じゃぁ、僕のできることを皆ができるの?

小学生の頃、給食を他の人と同じ様に時間内に食べる事ができない生徒がいると、先生達はその子の給食を残して片付けを始めます。僕の学校では、給食の後が掃除の時間だったのですが、食べ終わるまで椅子に座らせられていました。
他の人と同じように食事を済ませることも大切かもしれない。でも、まわりで掃除を始めて、埃だらけの中で食事をさせるのは非常識だ。小学校の先生達は、「他人と同じがすばらしい」と教える事と「常識」を教える事でどちらを優先すべきかわからないのだろう。

こうして、「他人と同じがすばらしい」と教えられた人が社会人になり、他人と違うアイディアを持って新しい事を始めようとする人を蔑み、邪魔しているのが今の日本の社会である。
こんな社会だからこそ、新しいアイディアで成功した人達は一般的にものすごい実力の持ち主なんだと思う。

でも、普通の人も画期的なアイディアを持っている事があるのです。
自分がアイディアを出せないのなら、他人の邪魔をするのではなく、きちんと客観的に評価してアイディアを活かす努力をしていくべきではないでしょうか。

「同じでない」というのは、悪い事ではありません。むしろ、宝物かもしれません。
そういう目を育てる教育が必要です。

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