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2005/05/30

八百長裁判

最近ニュースを賑わす裁判の行方を見ていて、なんだかみんな仕組まれているように見えてきます。

青色発光ダイオードの特許についての裁判では、一審では企業側が勝ち、控訴されて原告側が勝ち、最高裁で争っても原告側が負けるよと言われ、減額された和解金にて和解している。
「もんじゅ」の裁判でも、一審では国が勝ち、控訴されて原告側が勝ち、最高裁では国が勝っている。

裁判では最後に勝った方が勝ちなんだろうけど、どうして最後に勝つときは完全勝利が多いのだろうかと疑問になる。二審で、原告側が勝訴するほどの理由が認められながら、それを完全に覆して勝つと言うのは変じゃない?二審は大間違いなのか?そんな判断をするようなのが、裁判官として任官されているの?
そういう疑問を持ってると、これは「八百長なんだ」というように見えてくる。

とりあえず、訴訟が起きたらお金を持っている方が最初に勝つ。でも控訴してきたら一度勝たせて花を持たせ、ぬか喜びしていることで叩きつぶすようなシナリオができているのではなかろうか。
日本の民主主義は、「大多数もしくは権力者が幸せになればいいので、少数の意見は切り捨てる」というただの多数決主義だからこんな裁判が成り立つのでしょう。

特許に貢献した人に莫大な利益を与える判例が出ると困る人が増えるから、そういう判例は出さない。
地場産業の無い地域にお金を落としてくれる事業を止めると困る人が増えるから、そういう判例は出さない。

裁判官って技術的な内容をどれほど理解して判断してるんでしょうか。
技術的な内容ばかりではなく、歴史的な見地からも物事を判断できているのか疑問を感じます。
そうでないなら、こんなに判決内容が覆らないはずと思うのは僕だけかな?

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