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2005/02/01

論理的思考の訓練

 1+1=? ... 2に決まっています。

 高度な数学は別にして、基本的な数学において解法と答えはほぼ一つです。加減乗除の計算順序や()を用いた順番の指定などは厳格にルールが決まっていて、誰が見ても同じ順番で計算するでしょう。
 分数の計算や因数分解、連立方程式等は、各数値が各役割を必ず同じに果たすから、それを利用して答えを導きます。

 「突発的な行動にでる若者が多い」ことと「数学や物理の成績が悪い」ことは密接に関わっているような気がします。僕たちは最初、暗号のようにかけ算の九九を暗記させられ、その後それを用いた様々な計算を勉強してきました。その時、ただ「計算する」という単純なことを勉強していただけではないのです。ある取り決めの中で「こうしたらこうなる」といった論理的な思考の訓練をしているのです。
 論理的な思考を継続させるのには結構疲れますし、複雑になれば混乱もしてきます。だから、数学でその訓練をしておかないと、社会に出た時自分の今しなくてはならないことを考える力が養われません。
 普段の生活の中で、論理的な思考に疲れたらその人の次にとる行動は全く予測不可能です。

 微分を勉強する時、乗数をかけて乗数から1引くという単純なやり方しか覚えない人が多いでしょうが、なぜそうすると微分の答えがでるのかを導く方がもっと重要なのです。

 よく「生活に数学なんて必要ない」という人がいるのですが、それは大きな間違いです。数学は空気のように生活に密接し、それを使っていると感じないほど自然に利用されています。

 語学も大事です。でも、それと同じく数学も大事です。語学のルールに則って文章を形成するという作業にも数学の知識が役立ってくるのでないでしょうか。今学んでいる子供たちやこれから学ぶ子供たちには、絶対に「数学なんてできなくても困らない」などという嘘を教えないで下さい。確かに数学が苦手でも、成功した人はいるかもしれませんが、その人は数学ができればより大きな成功を治めた事でしょう。

 論理的な思考だけだと人間関係がぎくしゃくすることあるので、数学だけってのもだめなんですけどね ...

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コメント

最近再読している本の中で,「バートランド・ラッセルは『数学原理』の中で,明白な公理から出発して1+1=2を証明できる基礎を築くまでに362ページを費やした」という話がありました。数学って奥が深いですよね。

ワープロ病で漢字が書けなくなるというのは有名ですが,最近パソコンに頼り切って,すっかり手計算をしなくなりました。アルゴリズム辞典の計算を試しに手でやってみたらえらい大変で(行列計算とか忘却の彼方だし),あらためてコンピュータの偉大さを思い知ったのでした。
ってそういう話題ではないですね・・・。

投稿: Gena | 2005/02/01 20:49

かくいう僕も、結局は使い方しか覚えてないかも。

でもね、忘却の彼方ってことは一度はやったことがあるってことですよね。ってことは、訓練はできてると判断し、後は「所詮数学は道具だから」と割り切って結果のみを利用するってことで良しとします。

漢字だって、書けなくても読めれば良しとします。

コンピュータは偉大ですね。時々、こいつにできないことは無いのでは?という錯覚に陥ってしまうくらいです。本当にどこまでできるようになるんでしょうね。

投稿: きむらしのぶ | 2005/02/02 00:43

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